メタニッキ

 何もかも馬鹿にしていたんでしょう、と言われて言い返す言葉はございません。

 馬鹿にしていたといってもそれは環境のせいであり、環境すらも馬鹿にしていたのでそもそも、そもそもの話でしょう。斜に構えすぎて不均衡な精神のままありとあらゆる境界をひとっ飛びにぶっ飛ばしてきましたが、駆け抜けてゆくなかで欠け落ちてゆくものもあるわけでして、それを埋めるための1年間の暮らしであり、1年間の私でありました。しかしながらありあわせのものでなんとかしようとしても、なんともならない部分はあって、そういうものをやり過ごすことだけは得意なので、なんとなくなんとなくで生活しております今日この頃でございます。

 馬鹿にするというのは露悪的なシニカルさと合わせ鏡のようでして、他人を馬鹿にするときは畢竟自分に自信がないときであります。馬鹿にする対象がある、あってくださるお陰で自由気ままに夢を見ることができるわけで、確固たる強さでもって馬鹿にできるものがなくなったいま、私は夢を見る力をも失ってしまいました。何もかもに実感がないゆえに広がってゆく虚無感をサブカルチャーで無理やり埋めるという作業が必要だったのですが、何もかもに実感が湧きすぎるこの状況下においてフィクションは意味を失い、かといって前述のように空白を塗りつぶすには似姿では力不足なのです。純然たる、そのものでないといけないわけです。けれども、それを馬鹿にしてきた私には夢を見る力もなくただただ虚しい、という次第であります。

 お気に入りのセーターも着古していると、汚らしい色落ちや成長する身体に合わない窮屈さがうざったくなってきます。もう冬は終わりました。仕方ないので衣替えをしましょうかと脱いでみまして、汚いほつれから少しずつ少しずつほどいてゆきますと、全ての糸にはくたびれた夢の跡があり、愛おしい色褪せがあるわけです。どうしようもなく縺れていた部分からうつくしい糸が顔を出したりもするのです。遠くの昔に忘れていた人が夢に現れたその日に連絡を寄越してくるような共時性を大切にしていかねばならないなあという所存です。

 ああ、落ち込んでいたんだなあと後になって気がつくことばかりですが、ぽつりぽつりと手皺の先を辿ってゆくだけの人生でありまして、また元気を出したらあたたかい布団から足を出していきましょう、というお話でした。二〇十七年四月二十五日