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さよならだけが人生だ

 いい短編集や、いいミニアルバムは、ただの長編やただのフルアルバムより何倍も好きだ。

 

 

 さすがに音楽では起こり得ないし、長編だとそういうことはないが、文章を絵として、絵を文章として読み替えて記憶するという妙な特技というか癖のせいで、たまに「あのマンガ家のあの短編が読みたい」と思い、記憶をその人の作品の中に同定しようとするも、どうしても見つけられず、もう諦めようとしたところで全く関係ない作家の短編小説だったと思い出す、というようなこと(その逆もまた然り)が時々ある。これに限らず、記憶と事象が些細な齟齬をきたすことはよくある。

 

 

§

 

 

 恩田陸のことを知ったのはきっとその時が初めてではないだろうが、中学1年生のとき友人が「最後の謎明かしが気持ちいい」という理由で好きだと言っていたのをよく覚えている。そのために、ミステリー畑の人だと誤解していたので、かなりジャンルレスな執筆をされていることはあとで知った。初めて読んだ彼女の作品は常野物語というシリーズの一作目「光の帝国」。「常野」呼ばれる不思議な能力を持つ人々を書いた短編集で、読んだのはもう5年前になるためにあらすじは曖昧だが、小料理屋と割れた茶碗だとか、高層ビルに生えた蔓だとか、そういう物語の映像をよく覚えている。”演劇”という題材の「チョコレート・コスモス」という作品での緊迫感のあるオーディションシーンや、”影”を演じる登場人物の異なるふたつの演技を書いた文章でも感じたが――多分そこは重きを置かれている部分ではないのだろうけれど――個人的には視覚を感化させる文章を書かれる作家だと思う。

 

 飛び飛びで休みがある、この微妙な長さの春休み。相変わらず昼夜逆転の堕落した生活を送っているのだが、一日一冊のペースで本を読んでいる(ので、なんとなく生産的な日々を送れていると錯覚している)。読書は好きだが、別に「常に何かを読んでいないと落ち着かない」みたいな活字中毒というわけでもないし、「他の全てを差し置いて本が好きか」と問われれば、全くそんなことはない。常に考え事をしているタイプの人間で、しかもその考えている事が文章になっていつも頭を飛び交っているので、自分を小休止させるために本を読む、みたいなところが真実なんじゃないかなと思う。意識が浮き立ち、妙にクリアになるので、カナヅチなくせに水辺が好きなのだが、浴槽というのは最も手軽な水辺だと思っている。しかし、風呂というものは本当に湯船と水しかない場所なので、どうしても深い深い内省に陥ったり、異様なテンションで気恥ずかしいことを思い立とうとしたりして何だか疲弊するので、大体いつも本やマンガや雑誌など何か読むものを持ち込む。

 

 という訳で昨夜もダラダラと二時間くらい風呂で姉の部屋から拝借した恩田陸の「ブラザー・サン シスター・ムーン」を読んでいた。今、ざっとAmazonに目を通すと決して評価は高くないし、何年後かにまた読み返すというような作品でもない。しかし、どこか今の自分にフィットして、心の奥深くをゆっくり動かされた気がする。

 

 「繋がっているけど繋がっていない人たちの話」という登場人物の言葉がこの作品をうまく表している。三章に分かれていて、それぞれの章で「楡崎綾音」「戸崎衛」「箱崎一(はじめ)」という三人を主人公に据え、そのキャラクターによって一人称形式、三人称形式、一人称・三人称が混在した形式がとられている。その三人はクラスは違うものの同じ高校に通っていて、とある授業で同じ班になったということをきっかけに一緒に映画に行ったり、お茶を飲んだりして時々遊んでいた。そのまま同じ大学に進学したものの(その高校は県内ではかなりの進学校で、その大学も有名私立大学のため、ご都合主義な展開ではない)学部は別で、それぞれに時々親交はあるものの、三人で会うこともなく、社会人になる。社会人になったその三人がそれぞれ学生時代をそれぞれに回想する、そして印象に残ったできごとはそれぞれ違うが、根底は同じものである、みたいな話。別に中身のある話ではないが、それぞれのエピソードを軸に読み手も自身の過去を(私はまだ高校生なので未来になるのだが)想起できる余白のある物語だった。

 

 

§

 

 

 私はよく「大学生になったら」という言葉を使う。あるいは、「都会に出たら」。娯楽施設といえばしょぼくれたTSUTAYAマクドナルドしかない四方を山に囲まれた田舎に育ったせいで、そういう思考になったのかも知れない。知れないけれど、その手の言葉を使うたびに、何かから逃げているような後ろめたさも感じる。この春、大手の予備校の春期講習に通うが、もしその近くに住んでいれば春期講習の期間中ならいつでも自習室が使えるのにと羨んだり、高校生は無料で観られる美術館の展覧会や、クラシックのコンサートの情報を知って往復で二千円近くかかる交通費を恨んだり、この田舎には憤懣やるかたないのだが。

 

 

狭かった。学生時代は狭かった。
広いところに出たはずなのに、なんだかとても窮屈だった。
馬鹿だった。学生時代のあたしは本当に馬鹿だった。
おカネもなかったし、ついでに言うと色気もなかった。
二度とあんな時代に戻りたくはない。

 

 

誰でもない時代。引き延ばされた猶予期間。
インターバル。幕間。それがあたしの四年間だった気がする。

 

 

恩田陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」より引用)

 

 

 しかし、別に大阪には電車一本で行ける程度の田舎だ。現に才能のある若者は、インターネットの普及と共にどんな都会でもどんな僻地でも均一化された情報を利用し、その才能を活かして世に出ている。結局その言葉は、考えを実行に移さない、理想と現実の差に苦しむ自分の逃げでしかないということはよく分かっている。

 

 

§

 

 

 こんな日々が一生続くわけがないと知っていたけれど、こんな日々を疑うことなく、こんな日々にどっぷりと身を委ねていた。それでも、衛という人間は、何かにとことん入れ込むというこどができず、どこか醒めた目で自分を見ているようなところがある。

 

 

 俺は、就職するだろう。
 衛は醒めた気持ちでそう思った。
 普通に就職して、ベースとは疎遠になるだろう。そしてその時、ようやくジャズを楽しんで聴けるようになるに違いない。

 

 

 衛の予想通り、卒業して鉄鋼メーカーに勤めるようになると、その後やってきたバンドブームと共に、彼は日本のロックバンドばかり聴くようになっていく。

 

 

恩田陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」より引用)

 

 

 二章での戸崎によるこのモノローグに、町田洋というマンガ家の短編集「夜とコンクリート」の最後に収められている、書下ろしの「発泡酒」という話を思い出した。夏の公園で友人が何気なく発した「音楽を作ることは俺のすべてだ」という言葉に感動した19歳の主人公。その数年後、社会人になった二人は友人らと、通っていた大学の最寄り駅近くの居酒屋で飲みに集まる。先に場を後にする主人公は、「久しぶりに顔を出すから妙に入りにくい」という理由でまだ店に入らずに外で煙草を吸っているその友人を見つける。駅の寂れ具合や、大学時代公園で飲むことが好きだったという何気ない会話の中で、主人公は「今も休日とか、音楽続けてんの?」と友人に訊くが、返って来た言葉は「そんなこともやってな」の一言。ふと、主人公はその言葉に悲しんでいることに気がつく。「それでも友人のあの言葉はあの時代の友人の真実だった。俺のあの気持ちはあの時代の俺の真実だった」というモノローグで締められるこの話。マンガなのに行間の使い方が巧みで、大好きな短編だ。

 

 

 小説家になりたい、なんて、口が裂けても言いたくないし、そう心の底では思っていることを認めたくなかった。

 

 

 小説家になりたい、という願望というのはなんとも複雑怪奇なものだ。
 もっとも、そうは思わない人もいて、大学のクラスにも「作家になりたいと思ってます。いろいろ書いて、応募してまーす」とはきはき言い放つ人がいて、東京都は恐ろしいところだ、と思ったものである。

 

 

恩田陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」より引用)

 

 

 幼い頃から夢を持つ、ということをどこか馬鹿にしていた。幼少期から捻くれていたので、「モデル」や「野球選手」になりたいと笑顔で言う同級生を横目で見つつ、どうせ自分はなんでもない会社のしがないサラリーマンとして一生を終えるんだろうなあ、なんて夢も希望もないことを考えていた。また、不言実行が好きなので、将来の夢はおろか、進路に関してもあまり人に喋りたくない性質である。だから、上記のどこか醒めた戸崎や、「小説家になりたい」という夢を気恥ずかしく思う楡崎の気持ちはよく分かる。

 

 この流れでふと思い出したことがある。コアなファンにもあまり知られていないことだし、その発言が載ったページを見つけることはできなかったが、あまり自身の楽曲の”意味”を話さない安藤裕子が「聖者の行進」という楽曲に対して、いつかのエイベックスのインタビューでこう語っていた。「夜中に中学生を題材にしたNHKの番組を観ていて。今の時代は情報が氾濫していて、子どもですら自由に夢を持てない世の中になっている。でも、そういう幼い頃の夢は、叶わなかったとしても、大人になったときに支えになってくれるもの。だから、学生時代は精いっぱい夢を見てほしい」というような内容だった。歌詞カードには記載されていない「身を焦がされても失くさないで 夢見てくれたらいいの」というラストの言葉の意味がこのときに分かって、腑に落ちたし、感動した。話を戻すが、その歪んだ考えのために将来の夢を訊かれたら、小学生のときは何やらその場しのぎに、中高での懇談の際や友人から尋ねられたときは「文学部志望で、就職は出版社志望」ととりあえず答えている。そう答えるたびに「物書きになりたいのか」と言われるのだが、編集の職を想像して答えているので、そう思われていることに恥ずかしさを感じると共に、どこか嬉しさも感じているのは事実だ。

 

 宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観るたびに「創造的人生の持ち時間は10年だ。君の10年を力を尽くして生きなさい」という言葉に感銘を受けている。先日のライブで安藤裕子もそう話していて、なんだか面白かった。その10年が自分にあるのかどうかは分からないが、もしあるとすれば、どういう職種でもいいから、自分の持てる限りの想像力を注ぎ込みたいと思う。それが、今の自分の夢である。

 

 この間「SWITCHインタビュー 達人達」というNHKの番組で、ロッテの「ACUO」というガムのパッケージデザインで有名なデザイナーの佐藤オオキと、大ヒットマンガ「暗殺教室」でお馴染みのマンガ家、松井優征が対談をしていたのだが、その中での佐藤オオキの「アイデアには硬度がある。アイデアは柔らかければ柔らかいほど、解釈の余地があるので、ギリギリまで柔らかく保持しておく。その柔らかいアイデアをどのタイミングでどう固めてゆくかが最も大事だ」という話に深く共感したので、クリエイティブな職に就きたいという流れに付して、ここに書き留めておく。

 

 

§

 

 

 本当に、あたしは馬鹿だった。
 非常に幼かった。
 大学生というのはもっと大人だと思っていたけれど、高校生をもっと大人だと思っていたのと同じくらいに大人じゃなかった。本や映画で観た十七歳が、実際自分でなってみたらたいへんショボかったのと同じように、本や映画で観た二十歳は、さらに輪をかけてたいしたことがなかった。


 
恩田陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」より引用)

 

 

 よく「年のわりに大人びている」といった類の言葉をかけてもらう。「君は体の中に壮年のおじさんを飼っている」や、「進一がコナンになっているみたい」というような言葉をかけてもらうたびに、顔には出さないものの内心とても喜んでいる。社交辞令もあるだろうけれど、思えば小さい頃から「しっかりしている」と周りの大人に言われて大きくなってきた。そして、「同年代の子よりも大人びた考えをしている」ということが、風で吹けば飛んでゆくようなものだけれど、私のアイデンティティだった。だからこそ、大人になることが怖かった。「二十過ぎればただの人」なんて言葉を引き合いに出すほど自惚れてはいないが、年を取って、そのちっぽけなアイデンティティが失われるのが怖かった。でも、近頃以前ほどの焦燥感はなくなった気がする。母親の「年を取ると考え方も大人に、落ち着いたものになると思っていたけれど、同じひとりの人間の内にそこまで劇的な変化は起こらないことが分かった」という言葉が妙に心に引っ掛かった、ということをいつかの記事で書いたが、逆に考えれば、実行力のある人が大学生にならずとも都会に出ずともその才能を活かして世に出ているのと同じく、その年代年代に合わせて周りから一歩先んじて生きてゆけばいいだけのことだと思えるようになったからである。

 

 

§

 

 

「――僕ね、『陽のあたる場所』が好きだって言ったでしょう?」

 

(中略)

 

「それって、あの映画に、個人的にベスト3に入る台詞があるせいなんだよね」
「へえ。なんて台詞ですか」

 

(中略)

 

「最後のほうで、エリザベス・テイラーが、殺人罪で告発されたモンゴメリー・クリフトに言うんだよ。僕、そんなにエリザベス・テイラーが綺麗だと思ったことないんだけど、あの場面のエリザベス・テイラーだけはすごく綺麗だなって思うんだ」

「すみません、あの映画、見たはずなんですけど、忘れちゃいました。なんて言うんでしたっけ」

 ライターは頭を掻く。

「こう言うんだ」
 箱崎監督は、ライターの顔を正面から見るとニッコリ笑った。
「『私たちは、別れるために出会ったのね』」

 

 

 私たちは、別れるために出会ったのね。

 

 

恩田陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」より引用)

 

 

 安藤裕子のどこか一番好きかというと、その詞なのだが、煎じ詰めれば思想が似ているからである。いつぞやのインタビューで(多分ベストアルバムの頃)「唄い前夜」という楽曲に対して「朝起きてすぐに歯を磨いて、朝食はトーストが二枚で、八時二十分に家を出て、200メートル先の曲がり角でいつもその時間に家の前を掃いているおばあさんに挨拶をして……みたいな毎日のルーティンが少しずつ少しずつずれ始めるような感覚の中で制作した」と語っていた。また、「自分はずっと同じ人と同じように生きてゆきたいのに、全てが移り変わってゆくことが怖い」とも。

 

 

ずっと同じままでいられる
土を強く蹴ったなら 空に昇れる夢を見ていた

きっといつまでもこうして生きてゆける
信じて笑っていた
あの日 君の瞳は気づいていた?

 

そよぐ風を待ち 薄れ揺らぐもの
あの面影を知る最後の場面の中で

 

ずっと同じ気持ちのまま
どこまでも続いていく道を歩いて
疲れも知らず笑う不器用な私が
あの日 君の瞳に映っていた
今 消えゆく陽炎 溶けてゆく
あの日 君の瞳は気づいていた?

 

 

安藤裕子「唄い前夜」より引用)

 

 

幸せは必ずいつもあの子の横にあるように思えていた
あなたの指が触れる今 この時までずっと
ずっと、ずっと、ずっと

 

(中略)

 

「変わらない気持ちでいられたらいいのになあ」
ふっと あなたが口に
くすぐったいなあ 同じ気持ちだ
伝えたいな

 

変わらなければいい 心も体さえ
ねえ、ずっと一緒にいられるんだと
約束だけでもここでちょうだい

 

ねえ、ずっと一緒にいられるなら
言って
口に出して

 

 

安藤裕子「悲しみにこんにちは」より引用)

 

 

 前述の「唄い前夜」や、ずっと「あの子」のことが好きなのだと思っていた「あなた」が自分の横に居て、手をつないでいるという喜びの最中なのに、その幸せが訪れることが「悲しみにこんにちは」でもある、という何とも切ない楽曲「悲しみにこんにちは」という曲を例にあげれば、確かに安藤裕子は「諸行無常」思想で、そして「諸行無常」を恐れている。タイムリーなことに、彼女は昨夜Twitterでこんなつぶやきをしていた。

 

 

 

 

 また「私たちは、別れるために出会ったのね」という言葉を受けて、唐代の詩人于武陵の詩「勧酒」に対する井伏鱒二の名訳をふと思い出した。

 

 

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 

(この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ)

 

 

井伏鱒二「勧酒(酒を勧む)」より引用)

 

 

 「花に嵐のたとえもあるさ」をTwitterのプロフィールの文言にしているフォロワーの方がいらっしゃって、その素敵な言葉が気になって調べたときに知ったこの訳(「さよならだけが人生だ」はどこかで聞いたことがあったけれど)。「人生 別離足る」を「さよならだけが人生だ」と訳しているのである。そしてこの訳を受けて詩人の寺山修二がこんな詩を書いている。

 

 

さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに咲いている 野の百合は何だろう
さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば 建てた我が家なんだろう
さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう
さよならだけが人生ならば 人生なんか いりません。

 

 

寺山修司「さよならだけが人生ならば」より引用)

 

 

 今回この詩を引用するためにネットサーフィンをしていた過程で発見したのだが、竹内整一の「ぼくのさよなら史」のいう本の序文に、作詞家の故・阿久悠のこんな言葉が引用されているらしい。

 

 

「さよならは有能で雄弁な教師であった」

 

「人間はたぶん、さよなら史がどれくらいぶ厚いかによって、いい人生かどうかが決まる」

 

 

 安藤裕子は、日本を未曾有の地震が襲った後、母親代わりだった祖母を失くし、同時に子どもを授かった彼女の死生観が色濃く滲み出た「グッド・バイ」という曲を、こう閉じている。

 

 

さあ、目の前で倒れた木々
膝高く 越えて 舞え
泥に埋もれ消えた芽吹き
夏の日差しに生まれ変わろう
恵みの雨や 一雫
あなたの涙 一雫

 

また会えるように
舞えや 歌え

 

また会えるように

 

 

安藤裕子「グッド・バイ」より引用)

 

 

 「さよなら」は決してネガティブなものではなく、また新しい出会いを運んでくれるもの、人生をより彩り深いものにしてくれるものだと思わせてくれる、美しい言葉たちである。

 

 

思い出を非常食に心の空腹をやりすごしていこう
記憶の微炭酸を飲み干してしまう頃に
ねえ、また会えるかい

 

バイバイ 言えたさみしさが僕らには
また次のハローに出会うパスポートなんだよ
素敵じゃないかい

 

 

(日食なつこ「数える」より引用)

 

 

§

 

 

 思いついたことを思いついたままに書き連ねたので、何だかとりとめのない内容になってしまったが、「雑記帳」というブログタイトルなのでこれもまたよしとする。

 

 「ブラザー・サン シスター・ムーン」で主人公のひとり、箱崎の「幼少期から映画を観ていたせいか、記憶がシネスコサイズの絵として頭に収まっている」という言葉が面白かった。「子供の頃の記憶、思春期の記憶、皆、映画の一場面のように、自分を映画館の座席から見ているように覚えているのだ」という。

 

 人生を物語とすると、その中には様々なシーンがあり、様々なエピソードがあり、様々なキャラクターを持つ人がいて、その場面場面に印象的な「絵」がある。「ブラザー・サン シスター・ムーン」の面白いところは、同じ記憶を共有しているはずなのに、三人ともその場面の中で最も強烈にインパクトが残っている部分が違うということと、それぞれの記憶の収め方が微妙に異なるということだ。また、三人ともが残りの二人に下す人物評が、その本人も無自覚なところまで絶妙に的を射ていてリアルだった。同じ人でも、それぞれの記憶の中で醸成されてゆく雰囲気が違う。イメージが違う。

 

 作品同様「繋がっているけど繋がっていない」文章になってしまい、完璧に締め方を見失ったので、最後はもうたった今思いついた青臭い言葉で締めることにする。

 


「あなたの物語にいる僕は、どういう人ですか?」