思い出美化計画

 思い出というものは往々にして美化されがちである。

 

 中1のときから書いていた日記をふと読み返してみた。”書いていた”と言っても毎日のように書いていたわけではない。悲しい出来事を、どうしようもない怒りを、ふとした疑問を、なんでもない笑い話を、思い立ったときに、思うままに、文字通り”書き殴った”日記である。毎日のように書いていた時期もあれば、1ヶ月も空いた時期もある。ノートの2行を1行分にして、ボールペンで、何も推敲せずに、頭の中に浮かび上がる文章をそのままの勢いでぶちまけていた。それまで、最長でも1ヶ月だった日記の空白期間。ところが、なぜか高1の冬から今まで全く書いていなかったので、懐かしい気持ちで読んだ……のだが、頭の中の思い出と、紙上の思い出が食い違うことが多くて、何だか他人の日記を見ているみたいで変な気分だった。

 

 例えば、高1の夏。昼頃から夜まで電話していたのだが、「左耳から聞こえてくる近所の蝉の声と、右耳から聞こえてくる相手の近所の蝉の声が、100km近く離れているのにものすごく近くで響き合って面白かった」とか、「ちょうど向こうの町で花火大会が開催されていたらしく、ふと無言になったときに電話越しに聞こえてくる花火の音が幻想的だった」、なんて記憶していたのだが(こうして文字にするとかなりロマンチストな自分に恥ずかしくなる)、その日の日記には「蒸し暑い中電話がかかってきて、昼の2時に起きた。そこから夜までダラダラと電話を続けられて面倒だった。向こうは無言でも何も気にしていないようだが、こっちはすごく気を遣うのでもう少し会話をする努力をしてほしい」みたいなことが書いてあって思わず笑ってしまった。他にも、大嫌いで仕方がなかった人と数ヶ月後には親友になっていたり、何でもないことで長い間悩んでいたのに、同じく何でもないことで元気になっていたり。日記に落とし込まれた昔の自分の情緒不安定さに辟易とさせられながら、角田光代の大好きなエッセイのこんな一節を思い出した。

 

 大学を卒業した私にとって、それらは思い出だ。月日が過ぎて、思い出の蓋を閉めたとたん、蓋の内側から嫌だったことが発酵して美しいものに変わる。蓋の中は、楽しいこと美しいことがぎっしり詰まっている状態になる。大学時代の思い出は、確かに嫌なことも含んでいるはずなのに、楽しいことばかりが強調される。目標は達成されたことになる。ところがそれを今思い出すとどうだろう。楽しいことばかりを詰め込んだ瓶の奥を覗き込むと、私は少しばかり悲しい気持ちになる。あの頃と匹敵するくらい、いやそれ以上に今が楽しいとしても、楽しさばかり残った思い出がどこか悲しい。

 

角田光代「愛してるなんていうわけないだろ」より引用

 

 塾の帰り道、コンビニで250円もするアイスを買って、夜の小学校に忍び込み、ブランコに乗って、笑いながらした靴飛ばし。嫌いなやつ一人ひとりにこっそりつけて回ったひどいあだ名。授業中、隣の席とノートを何度も回して書いた落書き。部活に行きたくなくて、森に囲まれた近所の神社の境内で読書したり、音楽を聴いたりしていた夏休み。お世話になった古本屋のおじいさんが店じまいの際、たくさんくれた本。何となくダラダラ喋っていたくて、何度もお互いの家まで送り合った帰り道。日食なつこの「floating journey」という曲の歌詞に影響されて、仮病を使って早退し、どこに行くでもなく自転車で遠くまで出かけた小さな旅。日付が変わる頃まで、自動販売機の灯りの下でしたトランプ。今思うと頭がおかしいとしか思えない、学校中、場所を問わずにしまくった倒立。少し気が病んでいたとき、猛烈に沁みた安藤裕子のアコースティックライブ。泊まりの妙なハイテンションで、大声で騒ぎながら駆け抜けた深夜の商店街。「食べる?」と言って分けてくれた夜中の冷凍餃子の美味しさ。

 

 色んな友だちとの、色んな人との、色んな自分との、色んな思い出が、自分さえ読めないような汚い文字列の中、うんざりとさえするような馬鹿げた青春のきらめきを少し持て余しながらも、溢れんばかりに輝かせていて、楽しくて嬉しくて、どこか切ない。どれだけ楽しかったことも、嬉しかったことも、どれだけ辛かったことも、悲しかったことも、月日が経ち、振り返れば、遙か遠くで同じ色をしてこちらに向かって笑っている。

 

「いい思い出化できない」傷を 信じていたい

 

川本真琴「桜」より引用

 

痛みって何?
それは忘れ続けるものなの?
心の残した大切なもの

 

(中略)

 

なんでいつも足並みをずらすの?
痛みをさらに求めて
大きな声をあげて傷ついて
悲しみ より求めて
なんでいつも満足できないの?
涙をさらに求めて
平凡に生きる毎日だけじゃなくて
悲しみさえ求めて

 

安藤裕子「問うてる」より引用

 

 角田光代さんは、蓋の中の思い出には楽しいこと美しいことしかないと書いているが、それでも時間が経っても”いい思い出化”できない、どうしても納得できないことはたくさんあると思う。そして、何となく平凡な楽しさの中で生きてゆけばいいのに、どうしてもそれだけじゃ満足できなくて悲しみさえ求めてしまう、という人間の性みたいなものもあると思う。でも、そういう心の中の落としどころを見つけられない厳しい経験が、これからを生きていく中で、強い心の拠り所になってくれるんだろうと思うし、そう思いたい。

 

 「好きな人はたくさん居るに越したことはないけれど、嫌いな人も何人か居る方がきっと人生は楽しい」

 

 最初に例として挙げたある夏の電話の中、相手がそんなことを言っていたと日記に書いてあった(こういう何でもない会話の中で心に残った言葉を忘れずに書き留めておけるところも日記のいいところだ)。本当にそうだと思う。思い出の瓶の中には、できるだけたくさんの楽しいこと、美しいことを詰め込みたいけれど、多少の辛いこと、悲しいことのスパイスがあった方が、何だかよく分からない色を、匂いを放ちながら、より”いい思い出”に発酵されてゆく。

 

今日現在がどんな昨日よりも好調よ

 

明日からそうは思えなくなったっていいの
呼吸が鼓動が大きく聴こえる
生きている内に
焼き付いてよ、一瞬の光で
またとないいのちを
使い切っていくから
私は今しか知らない
貴方の今を閃きたい
これが最期だって光って居たい

 

東京事変「閃光少女」より引用

 

 「今思えば、あれもいい経験だったなあ」なんて思うには、そう思えるまで病まず腐らず、きちんと前を向いて生きてゆかないといけない。どれだけ辛いことも、悲しいことも、いつかはきれいな思い出の中の一部として所在を見つけるはずだから。何でもないことで深く落ち込んでしまうこともあるけれど、ふと思い出したときに、少し切なさも感じるほどの楽しい思い出になるような、既に発酵された過去の思い出たちに負けないような、そんな毎日を、今を、その光の一粒一粒まで取りこぼさずに最後まで私は生きてゆきたいのです。