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僕らはまだケダモノじゃない

 最近の世の中の流れを見ていると、この歌が余計に沁みる。

 


小谷美紗子 「正体」 Official Music Video - YouTube

 

§

 

 母親が以前、「年を取ると考え方も大人に、落ち着いたものになると思っていたけれど、同じひとりの人間の内にそこまで劇的な変化は起こらないことが分かった」と言っていて、妙に納得した。「まだ世の中を何も知らない田舎の学生が政治や宗教について論じるなんて薄ら寒い」と思ってしまうけれど、そういう価値観や物の見方は10代でも、50代になっても、あまり変化しないんじゃないかと思う。”大人っぽい、落ち着いた大人”は10代のうちから”大人っぽい、落ち着いた子ども”なんだろう。

 

§

 

 小谷美紗子。シンガーソングライター。外見の柔らかい雰囲気と裏腹に、その楽曲は社会批判を含んだメッセージソングを中心とする。

 

 基本的にメッセージソングは苦手だ。社会批判や政治批判のニュアンスがあるものは特に。しかし、彼女は言葉の使い方が絶妙で、どれだけ深いメッセージを含んでいても嫌味なく、さらりとしていて、しかも心の奥にガツンときて、好きだ。

 

 昨年発売された「us」というアルバムに収録されている「正体」という曲。重戦車のようなドラム(*1)に機関銃のようなベース。同じコード進行のループを繰り返すピアノ。IVm→I (G♭m / A→G♭m / D♭→D♭→D♭ / A♭) のサブドミマイナーとトニックのシンプルな進行なのに、トップノートが短音階で流れてゆくのでじわじわと危機感を煽ってくる。

 

(*1)ちなみにドラムは小谷さんの旦那でもある玉田豊夢である。椎名林檎の新譜「日出処」でも素晴らしいドラムを叩かれている。

 

大陸 陸島に 分かれただけなのに

干涸びて行けば 繋がる大地を

互いの誠を 奪い合うのか

 

ただそこに 生まれたんだ

海の向こうや 山の向こう

それだけで 浴びせ合うのか

汚いスピーチ 拡声器にまかせ

 

ヒーローになりたい ヒーローになりたい
蹴落とし 踏みつけ 国旗を取る僕ら

 

燃やしても燃やされても

人は人を分別しない

僕らはまだケダモノじゃない

頂戴 頂戴 やさしい気持ちだけ

 

小谷美紗子「正体」より引用)

 

 彼女はこの曲についてインタビューでこう語っている。

 


怒りに支配されたらケダモノ、みんなどう思う? 新曲「正体」 小谷美紗子さん - 西日本新聞

 

書く時一番難しかった曲。どういうふうに言えば問題提起になるのか言葉はすごく選んで、何度も書き直しながら作りました。同じ日本人が汚い言葉を言うのも悲しい。アジアの人たちが日の丸を燃やす姿も悲しい。ほとんど同じ顔をしてるのに、人の尊厳を無視したようなことを言い合う、投げ合うのが本当に悲しい。日の丸を焼かれる映像を見たら、怒りみたいなものが出てくるけど、私は絶対“ケダモノにはなりたくない”。同じように怒りにとらわれて、怒りに支配されて、暴力的な言葉を並べるっていうことを私は絶対しないと、私はそんな気持ちを持っているけど、みんなはどう思ってるの、って。反日デモに参加している人にもどう思ってるの、って聞きたい。そんな思いを届けたいという気持ちが強かった。曲も詞も妥協せずに作ることができたと思います。

 

(上記のインタビューより引用)

 

 この激しい曲の中、束の間訪れる静寂。

 

許したり 見守ったり
人の好みやクセをそっと
愛したい 愛されたい
同じ様に 欲しがる僕ら

 

小谷美紗子「正体」より引用)

 

 「くせ」と言えば星野源のこの曲を思い出す。

 


星野 源 - くせのうた 【MUSIC VIDEO】 - YouTube

 

覚えきれぬ言葉より
抱えきれぬ教科書より
知りたいと思うこと
謎を解くのだ夜明けまで

 

君の癖はなんですか?

 

星野源「くせのうた」より引用)

 

§ 

 

 ヘイトスピーチ原発、震災……社会に対する様々な葛藤や疑問に溢れた「us」には、こんな優しい曲も入っている。

 


小谷美紗子 「手の中」 Official Music Video - YouTube

 

自由は いつも 背中に
孤独は いつも 手の中に
僕らは 翼と大空を 授かっている
僕らは きっと 上手く操縦できる

 

眠る直前 誰もが一人きり
何者でもなく 共に感じよう

 

小谷美紗子「手の中」より引用)

 

 笹川美和の「こころ次第」という曲にも同じ言葉を見つけることができる。

 

眠る前いつも不安ならば
感じてみればいいさ
心のどこか溢れかえる
何かあるから、でしょ?

 

決めるのはこころ次第…

 

笹川美和「こころ次第」より引用)

 

§

 

 世の中が徐々にきな臭くなって来ている。激動の時代。人の見方、物の見方、世の見方……日々の視線には気づかない内に、右や左、様々なバイアスがかかってしまう。僕らはまだケダモノじゃない。誰かの癖を知りたいと思う心がある限り。自由と孤独は表裏一体。何事でも、決めるのは自分のこころ次第。ニュートラルな視点で、風通しのいい姿勢で、生きたいものである。