読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

共感とは

 メールからLINEへ、ブログからTwitterへ。

 情報はますます簡略化されて、人が言語化する思考はよりプリミティブになっている。世間の流れはしょうがないけれども、これじゃあいかんなあと個人的には思うので、短文社会に対する密やかな抵抗としてブログを始めることにした。あまり”初めの挨拶”を長々としすぎると、更新が滞ったときに恥ずかしい思いをするので、ここらでさっさと切りあげる。

 

§

 

 近頃、”ひとり梨木香歩フェア”を勝手に開催している。彼女の作品を―初めて読むものも、何度も読んでいるものも―全て、少しずつ読み進めている。

 

 梨木香歩、1959年生まれ、小説家。詩のように美しい文章、端正な文体。動植物に歴史、宗教、心理学、人文地理学まで幅広い分野に造詣が深く、個人における感情の揺らぎや社会の動きを滋養のあるモノローグとともに綴る現代を舞台とした小説から、古めかしい文体で明治から昭和初期を舞台とした激動の歴史の流れの中を生きる人々を描く作品までその振り幅は実に広い。全作品の根底に通ずるものは、日本人としての四季の移ろいに対する豊かな情緒、そしてユング心理学の第一人者である故・河合隼雄(*1)のもとで助手をしていた経歴(*2)が如実に活かされた、人が根源的に抱えているもののうまく言語化できない心理への鋭い描写であると思う。もちろん、これらも私が彼女の作品を愛読してやまない大きな理由なのだが、その理由の中核に位置するのは、彼女の思想―そして思考体系―に私が強いシンパシーを感じていることであろう。私が強いシンパシーを感じるもう一人は、シンガーソングライターの安藤裕子なのだが、その話はまたいつか。

 

(*1)河合氏は私の住んでいる市のお生まれである。これにも何かの運命を感じる。
(*2)ちなみに彼女のデビュー作「西の魔女が死んだ」は、河合氏に見せるためだけに書いたそうだが、それを読んだ河合氏が”涙が出た。よかった。あの原稿はもう出版社に持っていったよ。これを出すことは意味のあることだから”と何の断りもなく出版社に持っていったことで世に出たそう。

 

§

 

 そんな”梨木香歩フェア”のなか、「ぐるりのこと」という森羅万象―ありとあらゆるものに存在する"境界"に焦点を置いたエッセイに、長らく思い悩んでいた”共感”に対するイメージを言語化した一節を見つけた。そしてそれは同時にある種の違和感を生じさせもした。

 

共感とは大抵のところ、相手を自分に引き寄せて発生させるもの……(中略)……「共感する」ということは大事なことだ。が、それはあくまで「自分」の域を出ない。自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされるだけの強い情動が生じなければ働かないのだ

 

 これは、ドイツ革命の急進的な推進派だったローザ・ルクセンブルクが幼なじみに向けた手紙にしたためた文章を引用し、続けられた言葉だ。ローザは獄中での生活のなかで与えられた外の散歩の最中、かつてルーマニアの野を自由に駆け回っていたが戦利品としてドイツに連れてこられ、軍用としてむごたらしく生活している水牛に自己を重ね合わせ、強い悲哀を感じた。その”共感”に対して梨木香歩は”彼女が、「自分の境界の向こうとリンクした」、とは言えないだろう。”とまとめている。自己と他者。共感。ふと思い当たることがある。

 

§

 

 先日、”マツコと有吉の怒り新党”という番組で”新・3大「旅人照英」での突然入る照英涙のスイッチ”というコーナーがあった。梨木香歩のエッセイからの流れで、深夜のバラエティ番組の、それも視聴者を笑わせる目的のコーナーを用いて例をあげるのはやや滑稽な気もするが、話を続ける。

 

 それはタレントとして活動する照英が、「旅人照英」という、ローカル駅に立てられた伝言板をもとに田舎をめぐる東海テレビの番組でいきなり泣き出すシーンをまとめたものだった。照英は”昔ながらの銭湯にある懐かしのマッサージ器”や”すき焼き店を営む夫婦の会話”に感極まり、涙するのだが、対象そのものに感動しているわけではなく、それらと”祖父と行った銭湯の記憶”や”久しぶりに会った自分の両親の年老いた姿”を結びつけて泣いていた。梨木氏の言葉を借りれば、それは”自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされるだけの強い情動が生じ”たからだろう。

 

 また、そういえば、私は音楽を聴いて泣くことがない。それは音楽理論を学んでいるために、音楽というものをロジカルなものとして捉えている―たとえば”ここのメロディが感動的なのは、そういうコードが使われているから”だとか―ということもあるだろうが、人生経験が浅い、”自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積が”ないことが大きいだろう。ドラマチックな別れや、愛する人との死別を歌った曲を聴いても、実際に”それ”を経験したことがない私は、その歌のよさ―LIVEの場合はそのパフォーマンスのよさ―に感動こそすれ、内的な感情まで揺すぶられることがないのだ。

 

 しかし、本当に”自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積が”ない場合は共感することができないのだろうか。それこそ、梨木氏の「西の魔女が死んだ」という作品を読んだあと、当時まだ10歳だった私は”その作品に綴られたできごとに似た、実際の私のできごと”を経験したことはなかったが、それでも一週間ほどその作品を―その作品の主人公の気持ちを考えただけで涙が溢れ出た。それも”共感”とは呼べないのだろうか。

 

§

 

 ”共感”といえば、こんな作品もある。ヤマシタトモコというマンガ家の”絶望の庭”という短編。”言葉の職業”である小説家の主人公は、人と人は決して分かり合えないことを憂えている。「あなたのことが分からない」というニュアンスの些細な言葉の数々に傷つく。言葉にすることを恐れ、うまく口に出すことができない。しかし、自分の気持ちを素直に言葉にする恋人に心を動かされる。

 

ぼくらは絶望の庭に生きている
他のだれも決して入り込むことのできない自分だけの小さな庭
…ぼくらはわかり合えない

 

 ぼくはその庭に種を植える

 

 鈴のような声で礼を言った女の子のことば

 


 いつもの仏頂面を少しだけ変えてあいさつした店員のことば

 

 

 ぼくにも次の客にも同じようにあついねと言った和菓子屋の店主のことば

 

 

 冗談まじりの整体師のことば

 

 

あるものは深く根ざし あるものはいずれ枯れる
花を咲かせたり 陰を落としたり
誰も見ることのできないぼくだけの庭

 

きみのことをこんなに好きだってきみに伝えたい

 

ぼくはことばの力を信じて
ときに恐れつつ
庭に種を植える
きみの庭に思いをはせながら

 

きみの前でことばは無力だ
それでもぼくの庭にはやわらかい雨がふる
きみのことばの種が育つ― 

 

(モノローグから一部抜粋)

 

 この作品のなかでは、”自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積が”なくても、人と分かり合うため、人と共感するために言葉を用いて”歩み寄ろうとし”ている。それこそが”共感”の形ではないか。

 

§

 

 言葉というと、この間、友人と喋っていたときのこと。友人の椅子の座り方が面白かったので、”フェミニンな”という形容詞を用いて揶揄したら、フェミニンの意味が分からなかったらしく、”なぜわざわざ難しいカタカナ語を使うのか”といわれ、返答に窮してしまった。私にとって”フェミニン”という単語は”ゲーム”や”ピアノ”みたいなもので、伝えたい意味が攻撃的に聞こえない柔らかい響きが好きで、かなり使用頻度の高い単語だからだ。何気ない日常語として使った言葉が相手にとってはペダンチックなもの(たとえば”ペダンチック”はそう非難されても納得できる単語だし、私も会話では使わない)として捉えられてしまった。よくよく考えてみると、このような行き違いが起こらないように、むしろ生活するなかで、意識的にも無意識的にも、相手に合わせて自分の使用する語彙の幅を狭めている気がする。

 

 また他の例として、その友人とは別の友人とのメールでのことを思い出した。お互いLINEが”言葉に対する責任感の欠如”や”会話の応酬にある種の強迫性”を生むこと、そしてそれによる言い争いが起こることが嫌で、メールでやり取りをしていた。(話が逸れるが、私はメールが好きだ。レスポンスに猶予が与えられるし、件名に遊び心を出すことも、改行を効果的に使用することもできる。そして何よりも、LINEはトーク履歴を削除すれば一瞬で消えてしまうが、メールは一通一通が独立したものとしてより明確に保存される。情報化社会に合わせて利便を図りながら、手紙のエッセンスをも充分に引き継いでいる最高のツールだと思う。)彼女とのメールでは、私は持ち得る語彙をそのまま使用し、会話をしていた。どのようなコンテクストで用いたのかは覚えていないが、彼女に”奇譚”という言葉を使ったことがあった。美術大学に通う彼女は、その言葉をいたく気に入り、それをタイトルに据え、モチーフを膨らませ、作品をつくってくれた。”メールのなかで分からない言葉がいくつかあったから調べた”と言ってくれたこともあった。

 

 私が人に合わせて語彙を狭めることも、より共感を求めやすい会話を生み出すための一種の”歩み寄り”だろうし、彼女が私に合わせて言葉の意味を調べてくれることも、私との会話に共感を生みだそうとしてくれた、これまた一種の”歩み寄り”だろう。

 

§

 

 梨木氏のいう通り、共感は自分の意識の範疇を抜け出さないことは確かなのだろう。しかし、それゆえに”自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積が”ない場合でも、分かり合おうとすれば、歩み寄ろうとすれば、共感は必ず生まれるのだと思う。また、ローザは水牛を自分に重ね合わせ、共感したわけではないと私は思う。ローザが水牛に自分を歩み寄らせたのだ。照英の涙においても、自身を相手に歩み寄らせたとも考えられるだろう。「西の魔女が死んだ」で私が泣いたのは、主人公の気持ちを分かろうと、主人公の気持ちに歩み寄ろうとしたからだ。逆に歌を聴いて泣けないのは、”分からない”と端から決めつける、共感しようとする意志の希薄さゆえなのだろう。共感とはいわば”歩み寄り”なのだ。”相手を自分に引き寄せて発生させるもの”ではなく、”自分を相手に歩み寄らせて発生させるもの”であると、そう思いたい。”自分と思想が似ている”といっておいて、と自分でも思うが、”共感”という行動を自分本位なものとして捉えることには少し抵抗がある。

 

§

 

 最後に、共感の例をあげるなかで使用した”言葉”に関する詞をいくつかあげてみる。

 

言葉で穴を埋めても 満たされる筈などない

椎名林檎「警告」から抜粋)

 

言葉にも隙間を埋めるパワーがあるの ちゃんと聴かせて

安藤裕子「あなたと私にできる事」から抜粋)

 

 言葉を用いて人と分かり合おうとすることは非常に難しいことである。しかし、言葉は共感を生む最も優れたツールであることも確かだろう。

 

何回言っても伝わらないで 使いこなせもしない言葉の爪

手入れもせずに振りかざして つけた傷跡を消す薬はない

(日食なつこ「ヒューマン」から抜粋)

 

重たい体を引きずって 身軽な言葉に振り回されて
疲労困憊 それでも人は 懲りずにまた誰かに会いに行く
……(中略)……
分かり合えないことを 恐れたりしない

(日食なつこ「Fly-by」から抜粋)

 

§
 

 私の絶望の庭にもやわらかい雨はふるし、誰かの何気ないことばが種となり、育ってゆく。そしてそれはゆっくりと、着実に育ってゆき、共感を生む。分かり合えないことを、恐れる必要はない。分かり合えないうえで、どれだけ歩み寄れるか。生きているとしばしば主観にとらわれ、相手を自分に寄せることばかり考えてしまう。

 

 この複雑な時代、日々の会話や思索のなか、できるだけ多くの人に、多くのことに、歩み寄って、共感してゆきたいものである。