安藤裕子 Premium Live 2015 ~Last Eye~ @大阪中央公会堂 12.04(金)

 「2013 ACOUSTIC LIVE」以来となる大阪市中央公会堂で、「安藤裕子 Premium Live 2015 ~Last Eye~」の初日公演が行われた。

 

 

 思い切りネタバレをしていますので、ご理解をいただける方のみ読み進めてください。

 

 

 近年、アコースティック形式のLIVEはサンケイホールブリーゼで開催されていたので、過去の記憶と照らし合わせるようにネオルネッサンス様式の瀟洒な内装を愛でつつ、今回のライブに相応しい落ち着いたジャズが流れるSEを聴きつつ、開演を待つ。金曜日の夜ということもあり、スーツのお客さんが目立つ。暖かい場内の空気と日中の疲れから、少しうとうとする中、開演時間を5分ほど過ぎてLIVEが始まる。

 

 

 赤い照明のもと、「いらいらいらい」のイントロを彷彿とさせる1コードのガレージロック的な山本タカシさんのギターリフが不穏に響き、そこに山本隆二さんのピアノが浮遊感のあるスケール外の異音を乗せる。てっきり、「いらいらいらい」が始まるものとして身構えていたため、「いつだって僕らは」と安藤裕子さんが1曲目から張りのある伸びやかな声で場内を満たしたとき、瞬時に理解が追い付かなかった。そう、くるりの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」のカバーである。"今回のLIVEは初期の曲や、懐かしの曲をたくさんやろうと思います"(*1)とインタビューで答えられていたので、いきなりカバーかよ!!とツッコミそうになったが、「大人のまじめなカバーシリーズ」に収録されている2つのバージョンの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」、そのどちらとも違う、また新たな解釈の素晴らしいカバーだった。2番のAメロでピアノが裏拍でコードを刻み、ビートを攪乱しつつ、訪れるサビ前の一瞬のブレイク。1000人ほどのこじんまりとした会場と、舞台に真摯に対峙するファンが生む完璧な静寂、そしてそこからの熱量の再放出。アウトロの安藤さんのフェイクが最高に気持ちよかった。繰り返される「どこまでも行ける」の歌詞に呼応する、空高く突き抜けていくような、荒野を走り抜けていくような力強さを持つ、絶妙なフェイク。一回だけ「いつまでも行ける」と歌ってしまい、安藤さんの顔がその直後ほころんだように見えたが、空耳と錯覚だろうか。

 

(*1)下を参照

www.hmv.co.jp

 

安藤裕子ライブ情報&本人コメント動画が到着! - YouTube

 

 

 続くのは、ヴァイオリンのCHICAさん、チェロの篠崎由紀さんによるストリングスが弓で弦をはじき(スピッカートというのだろうか)、その上にフランス風のピアノが加わり、 諧謔的なアコギのメロディが乗るという、パスカルコムラードやクリンペライを想起させる、壊れたおもちゃ箱みたいなアヴァンポップ調のイントロが面白い「み空」。2013年のアコースティックライブでの何かが憑依したような鬼気迫る「み空」も圧巻だったが、ティム・バートンのお遊戯会とでも評したくなるような軽快な今回のアレンジもまた素敵だった。「廻る」のリフレインを抜けたサビの広がりは、ストリングスが入ることでより爽快に感じられた。「傷は舐めて癒えるもの 膿んだふりなんて見せつけないでよ」のCメロ明けの間奏を経たサビは、途端にシンプルなピアノの伴奏のもとで幼く歌われ、涙を誘う。ラストの「美空など諦めて」を「美空など焼き捨てて」と珍しく歌詞間違いをしていたのが、少し面白かった。もし「Acoustic Andrew」が発売されるなら、ぜひ収録していただきたいアレンジだった。

 

 "お元気ですか?"という安藤さんの呼びかけに沈黙する観客席。ワンテンポ遅れて"元気です!"と応じる男性に"優しい人だね"なんて言いながら安藤さんのMCが始まる。"しばらくアイドルと妖怪(*2)を行ったり来たりしていたが、近頃妖怪に寄りすぎた""何かほっこりした曲をやりたい"ということで、SNSでファンにアンケートを取るも、コアなファンの選曲はそれぞれ独自色が強く、"もはや集計を取るに値しないほど割れに割れた"そうで、"どうセットリストを組むべきかよく分からないまま初日を迎えた"とのこと。"皆さんにとって懐かしい曲なのかは分かりませんが、聴いてください"と前置きして、歌われたのは「ドラマチックレコード」。ここで、ストリングスが一度抜ける。

 

(*2)「グッド・バイ」のツアーである「Live 2013 HELLO & goodbye」にて、「絵になるお話」を歌う姿を"アイドル"、「いらいらいらい」「獏砂漠」を"妖怪"と自ら評していた。

 

 

 LIVEで歌われるのは恐らく、「LIVE 2010 "JAPANESE POP"」ぶりじゃないだろうか。左記のツアーには参加できていないので、私個人としてはLIVEで聴くのは初めてで、何とも嬉しい選曲だった。 2009年に福岡のテレビ局の音楽番組「チャートバスターズR!」の企画でアコースティックスタジオライブが行われていたそうなのだが、そこでのバージョン(下に参考動画)に近かった。優しいアコギの伴奏はまるで麗らかな草原のように、まろやかなファルセットがそこに吹く柔らかい風のように、会場を温かい空気で満たしていく。ピアノもそっと添えるだけ、椎名林檎さんのサポートでもお馴染みの鳥越啓介さんによる深みのあるウッドベースの安定感がまた心地よく。ストリングスが加わることにより、散らかりそうになるアコースティック編成を、ベースが支えつつ、ぐっと引き締めていて、安藤さんも仰られていた通り、今回の編成が正解のような印象を受けた。

 

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 "この会場、こんなに暗かったっけ?""客席が全然見えない"というMCがまさか伏線になっているとは気づかないまま、「あなたと私にできる事」へ。アコースティックライブらしい、ミドルテンポの味わい深い曲が続く。静謐な音のうねりに身を委ねていると、じわじわと熱を帯びるアウトロの盛り上がりに鳥肌が立つ。ウッドベースを揺れながら奏でる鳥越さんが色っぽかった。暗い会場の中、山本タカシさんの丁寧に磨かれたギターのボディに照明が反射し、フラッシュのように瞬いていた。あまりの心地よさに夢見心地になっていたが、"まだ4曲目ですよ、私のα波ボイスで眠たくなっていませんか?"と安藤さんに見透かされていた。

 

 "夕べ寝ずに練習したんですが、自分と程遠い曲調なので歌詞もメロディも全然体に入らなくて……""なにせ音楽性に乏しいので"と自虐しつつ、クリスマス曲に関するMCが続く。"私、最初セットリストにクリスマスの曲を入れてなくて""そしたら、マネージャーが「ええっ」って困惑していて、そういえばSNSで大々的に募集していたな、と"という発言に安藤さんらしいと苦笑しつつ、"HPで宣伝していたものは仕方ないと入れてみたけれど、全然間に合わなかったので歌詞をガン見しながら歌おうと思います"という発言に笑いつつ。"リズム感に自信のある人?"という安藤さんからの呼びかけに、最前列の方が手を挙げるも、鈴を渡す際には"本当だろうな?"と煽る安藤さん。"ちょっとあんまりな感じなので、客席が暗い状況で歌える自信がない"というセリフに先程のMCの理由を合点して。客席が明るくなり、安藤さんが鉄琴を奏で、イントロが始まる……も、高音部で音が鳴らず。それも、御愛嬌。

 

 イントロだけだと何の曲かさっぱり分からなかったので、「I don't want a lot for Christmas」という歌いだしに驚く。なんと「All I Want for Christmas Is You(恋人たちのクリスマス」のカバーだった。謙遜されていたものの、やはり普通に上手くて歌手ってすごいと当たり前のことを改めて実感。ゴスペル歌手さながらのサビの張り上げが圧巻だった……が、安藤さんは自分がそういう一面を出しているのがおかしいのか時々吹き出しそうになっていた。2番から、山本隆二さんはピアノでなく、トイピアノらしきものを弾かれており(下に参考画像)、かわいらしい仕上がりに。宣言通り歌詞をガン見しながらの歌唱だったが、「All I want for Christmas is you」の歌詞の部分だけはきちんと正面を向いて歌われていた。余裕が出てきたのか途中から踊りもつけ、アイドル安藤裕子を存分に発揮。華やかなエンディングで曲も終わりかと思いきや、安藤さんの鉄琴ソロがアウトロでも入る模様。しかし、やはり高音部は出ず。めちゃくちゃハイレベルな宴会芸を見せられたような気分になった。安藤さんのLIVEは何故か見る側も緊張するのだが、アットホームな雰囲気に思わず笑みがこぼれ、張り詰めた空気が弛緩していった。

 

 

 

 "それ、また使うからちゃんと返してね"と渡した鈴を取り返しつつ、"熱い"と連呼する安藤さん。遠くからなのできちんと視認できたわけではないが、スカート部分がゴールドのサテン地、胸の部分は灰色に黒のT字のラインが入ったワンピースの上に、青いカーディガン、紫のタイツに青い靴という装い。"熱いけど、二の腕を見せたくないから(青いカーディガンを)絶対に脱がない"と仰られていたが、結局中盤で脱がれていた。"山場は越えたので、ここからはまた真剣に歌いたいと思います"というMCの後、ミドルテンポバラードの「唄い前夜」が続く。

 

 1曲目として歌われた、2013年のアコースティックライブのアレンジに近かった。寂寥感のあるアコギのイントロで始まり、2番からピアノとウッドベースが加わる。そのままのメロディとコードがいいために、限りなく音を排しても、むしろ曲の持つ良さが引き立つ。日頃耳にする積み重ねられた音楽もいいけれど、耳をそばだてれば一つひとつの楽器が奏でるメロディを追うことができるシンプルなアレンジと、そこに溶け込む安藤さんの歌声がただただ気持ちいい。山本隆二さんはフェデリコ・モンポウ、特に「ひそやかな音楽」(*3)がお好きだそうだが、その静謐さにはどこか近しいものを感じる。

 

(*3)モンポウに関しては、こちらのサイトが詳しい。

モンポウの世界 - Federico Mompou's world

 

 

 再びストリングスが加わり、「ニラカイナリィリヒ」へ。イントロの主旋律をストリングスが奏で、例えるならBjörkの「Joga」のようなクラシカルで深遠なアレンジに。エレキギターの唸りが深い森に響く動物の吠え声のようで、ピアノが繰り返す一定のコード進行は、生で聴くとヴォイシングの妙がより感じられた。2番からはBPMを速め、激しさを増すピアノとボーカルに焦燥感に駆られる。そのままの勢いを保ちながら、山本タカシさんのカウントを経て、安藤裕子最高速のシングル「パラレル」へ。

 

 ドラムレスというのに凄まじい熱量でもって押し寄せる音の塊に圧倒されながら、素朴なのに一つひとつの言葉が強い、究極のラブソングといっても過言ではない歌詞を堪能する。Cメロの「you know my guilt」の部分は青い照明の中、赤いランプが点灯し、CD音源より複雑に感じられるピアノの不協和音、荒れ狂うストリングスが不安を煽る。限りない緊張の後のブレイクに息を飲まされ、ラストの「君がすき」という最高音の絶唱が胸に響く。観客に拍手をする隙を与えないように、山本隆二さんが最後の一音を保ちながらそのまま次の曲へ。

 

 不穏なピアノ、何かに突き動かされるように同じ音を同じリズムで刻むベース、絶妙に不安定で浮遊感のある旋律を奏でるストリングス、ギターはシューゲイザーのように混沌に滲む。秋の大演奏会での「エルロイ」のアレンジを彷彿とさせる、怪しく、暴力的でありながらも、耽美なサウンドのもと、安藤さんが譫言のように英詞を口走る。新曲か、それともカバーか分からないまま曲が進み、苛立ちを放出させるように「Hello」という歌詞が繰り返され、ふと気づく。ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」だ。サビはまさに「叫び」だった。安藤さんの喉が心配になるほどの「叫び」。山本隆二さんのお好きなRobert Glasper Experimentがこの曲をカバーしているが、ジャジーなアレンジのそれとは別物だった。3ピースとは全く違ったベクトルのアレンジなのに、カート・コバーンがこの曲で表現している苛立ちがそのまま詰まっていた。「Hello」の部分の変遷するコード進行のリハモが素晴らしかった。あともう少しで壊れそうなのに、ギリギリのラインで踏みとどまっている危うさ。山本隆二さんのこの手の前衛的なアレンジは堪らなく好きだ「A denial」――「拒絶」を連呼し、楽曲が終わると、カバー曲にも関わらず観客席から声が上がった。安藤さん本人も仰られているが、このカバーが聴けるのが3公演だけというのがもったいない、名演だった。

 

 

 

 "どうしよう、何か喋ろうと思っていたのに、素に戻ってしまった"という独白する安藤さん。"生死を歌う曲が増え、曲に飲み込まれるのが怖くて、仮面の部分が強くなり、ついつい喋りすぎるようになった""ディレクターからは「それ、やめなさい」と注意されるんだけれど……""はよくMC中に素に戻って何を喋っていいか分からなくなっていた"という言葉に、昔の――といっても、3年前くらいなのだが――安藤さんのLIVEに思いを寄せる。近頃、急にMCが上手くなられ、観客をトークで笑わせることもしばしばあるが、数年前までは安藤さんのMCの出来なささと、ボソッと呟く言葉の面白さに笑いが起きていたことや、MCが途切れ途切れすぎて、ファンから「その服どこの?」「何食べた?」なんて声が上がっていたことなどを思い出した。安藤さんは"どうしよう"と不安そうな表情だったが、きっと私だけでなく、他のファンも皆「それでいいんだよ」「それがいいんだよ」と心の中で声を掛けていたはずだと思う。個人的には、久しぶりに安藤さんの素の部分、弱さが垣間見られてどこか安心した。"私は元気です"とMCの最後に脈絡なく、誰に言うでもなく呟かれていたのが印象的だった。

 

 徐々にアコースティックライブらしからぬ音の膨らみを見せる展開だったが、ここで少しクールダウン、ピアノだけのシンプルなアレンジのもと、透徹なファルセットが冴えわたる「忘れものの森」へ。中央公会堂は前述の通り久しぶりだが、本当にいい会場だと思う。古い酒造がその蔵だけの酵母を持つように、長い年月をかけて会場に沁みこんだ音の歴史の重みが、サウンドをより深く醸成しているような気がする。最後の音が消えてゆくとともに、照明に安藤さんの涙がきらりと光った。

 

 「夜と星の足跡 3つの提示」のイントロが始まった瞬間、本能的に「泣く」と察知し、途端に瞼の奥から熱いものが込みあげ、突然のことに自分でも戸惑った。いつの間にか涙が一筋頬を伝い、そこからは何が何だか分からないまま、溢れるように涙がこぼれた。LIVEで泣くのは初めてのことだった。中学1年生、安藤さんを聴き始めたばかりだった頃、冬の空、冷たい風の中、街灯もない田舎道に美しく煌めく夜空、塾の行き帰りの道に合い、よく聴いていた曲だった。中高の思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。音楽の趣味は色々変わってきたが、安藤さんだけは指針のように常に聴いていた。数日前に大学に合格し、急いでチケットを取って、参加できた今回のLIVE。ご都合主義じみているが、安藤さんからの餞別のように感じた。アウトロの歌詞カードにない部分はかなり音が高いが、CD音源の繊細なファルセットとは違う、がなるような、声が割れた歌い方をされていて、そのハスキーな叫びに心を打たれた。安藤さんとの出会いの曲ではないけれど、この曲は確かに安藤さんとの思い出の曲だった。本当に、来て良かった。ありがとう。

 

 "曲が作れなくなっていた"という発言にはとても驚いた。以前何かのインタビューで"音楽は生活の中で勝手に出てくるものだから、スランプはない"と仰られていたし、ここ最近にそんな素振りは感じられなかったからだ。"ディレクターのアンディ(安藤雄二さん)が「作れないなら、もらえばいいんじゃない」と言ってくれた""3月に「頂き物」というアルバムを出すが、これは私に曲をくれたこれは10人の優しい人たちと、支えてくれる周りのスタッフのお陰でできたアルバム"。

 

 "親しくない人とは付き合わず、親しい人にはわがままな性格で、友だちというものがあまりいません""でも、10周年を境に、少しずつ音楽業界の友だちも増えてきた""そんな中で昨年は特にイベントに呼ばれることが多くて、年末のTKくんとの対バンに向けて「今年は出会いの年だった」という話をしたら、TKくんが「じゃあこれが今年最後の出会いですね」と言って「Last Eye」というタイトルがついた曲をくれた""宇宙のイメージの曲です"というMCを受けて、ちょうどLIVEの前日に先行配信されたばかりの新曲「Last Eye」へ。

 

 映画音楽のような、ドラマチックさを持つ楽曲。音源とほぼ同じと思われる今回の編成にサウンドがよく映えていた。「そして僕がいつも淹れたげるコーヒーには 口をつけない君 世界が冷えてく」というどこかTKさんっぽさを感じる2番のAメロの歌詞が好きだ。会場の外で吹き荒れているであろう冷たい冬の風のような高音のファルセットと、熱いチェストボイスの混じり合いが美しかった。サビ前のピアノリフに初めてメロディが乗り、徐々に強さを増すピアノソロの後の「まだ見えないよ」のサビ、壮大なストリングスには鳥肌が立つ。盛り上がりを終え、またピアノだけのアウトロが奏でられ、まるで遠い宇宙に行って帰って来たような心持ちになった。

 

 続く「The Still Steel Down」は打って変わって深い森にいるような照明に。届かない恋心が歌われる切ない歌詞に、次々とメロディが変遷していく独特の構成、力強いサビ。究極的に安藤裕子らしい曲だと思う。「ねえ溢れ出す想いを木の葉に刻んでも 雪がいつかそれを隠してくれるのなら」という詞が今の季節によく合っていた。昨年末のプレミアムライブでも演奏された曲だが、何度聴いても嬉しい名曲だ。

 

 "3公演しかないので、LIVEを育てていくのは難しい""でも、色んな感情をもらえた舞台でした。本当にありがとうございました"というMCを挟み、「走り出し 落ちかけた夕陽を追う」という歌詞に合わせたのだろうか、夕暮れのような赤い照明の中、感傷をそそるイントロから「歩く」へ。ヴァイオリンとチェロしかない、小編成のストリングスだからこそ、二声の弦の美しい絡み合いをじっくり味わうことができた。目を閉じて、サビの昂ぶり、何かを確かめるように繰り返されるラストの「夜は走り去る」を聴く。長く続いた夜は終わった。曲が終わり、目を開けると、そこには水色の中に眩い光が滲む、朝焼けのような照明があった。

 

 ラストはやはり「聖者の行進」。歩くの後に、行進。生きていくには歩き続けなければならない、ということか。安藤さん本人も覚えていらっしゃるか分からないが、かつて昔のインタビューを色々と探している中で、「Middle Tempo Magic」の頃のあるインタビューを見つけ、そこで「聖者の行進」の歌詞の由来を語られていた。"夜遅くにTVを観ていると、NHKのドキュメンタリーで、中学生特集がやっていた""私たちが子どもの頃は将来の夢は自由だったが、今の子どもは堅実な職業を選ぶようになったらしい""夢は決して叶うとは限らないものだけれど、幼い頃に見た夢が大人になってから支えになったりする""子どもたちに自由に自分の夢を持ってほしいと思って書いた曲です"というようなことを――多少脳内で脚色しているかも知れないが――仰られていた。ラストの歌詞カードにはない「身を焦がされても失くさないで 夢見てくれたらいいの」という歌詞に安藤さんのその想いを感じることができた。祈りのような出だしから咆哮のようなラストの歌声、静から動へ行進していくバンドの演奏でもって、力強く本編が終わった。

 

 アンコールに、安藤さんに加え、山本隆二さんと山本タカシさん、それから鳥越さんが出てくるも、山本タカシさんが鳥越さんに耳打ちし、鳥越さんは舞台袖にはけていった。"いつもの3人で演奏しようとしていたら、今回初顔合わせの鳥ギョエさんが(噛んでいた)出てきたので、タカシくんが眼力で追い返しました"と安藤さんが笑いを取る。アコースティックライブでお馴染みの、しかしこの前のアコースティックライブでのギターは設楽博臣さんだったため、少し久しぶりのW山本コンビのもとで歌われたのは「六月十三日、強い雨。」。アコースティックライブを始めるきっかけとなった長崎という地に感化されるように書かれた、アコースティックライブの初心を思い出すこの曲。ストリングスやウッドベースが入る華やかな編成もいいけれど、帰るべき場所はこことでもいうような、長い旅から帰って来たみたいな安心感があった。

 

 "私はいつもここで物を売る人にならないといけないんですが、この会場は退館時間が厳しいので、手短にいきます"と、いつもの物販をスピーディーに済ませた後、最後のMCへ。"今年は色々と考える年でした""みんな、生きろ――ってもののけ姫みたいになりましたけど""どうかお元気で、生きてください。またお会いしましょう"という別れの言葉に続くのは、IIm9の不安定なイントロ。松任谷由実さんの「A HAPPY NEW YEAR」だった。もちろん聴いたことのある曲だったが、今回安藤さんのボーカルでしっかり聴いてみて、そのセンスに脱帽した。なかなか主和音が登場しない、揺蕩うようなコード進行のもと、VII♭7を効果的に用いながら、メロディがきちんと展開していく様は、年末のあの何とも言えない高揚感と年の瀬の寂しさを体現するかのよう。原曲に忠実なアレンジだったが、確かにこの曲はアレンジする余地がない名曲だなあと実感した。クリスマスから、年末へ。そしてまた、新しい1年を迎えよう。

 

 「問うてる」はすっかりエンドロールの貫禄がある。2番前の間奏の山本タカシさんのアコギのソロがカッコよすぎて、痺れた。ジャジーで軽快なアレンジ、しかし歌われるのはあくまでも生きることの諦念、そこが安藤裕子らしい。「平凡に生きる毎日だけじゃなくて 悲しみさえ求めて」私たちは生きていく。ラストの「ラーラーラー」で、シャイなファンの皆さんと心の奥底で繋がったような感覚を受けながら、懐かしの曲から王道曲まで満遍なく楽しむ中で色々な感情を得ることができた最高のLIVEが終わった。

 

 また来年も、安藤さんのLIVEをたくさん見られますように。

 

 


「セットリスト」

 

 

01.ワールズエンド・スーパーノヴァ(「くるり」カバー)
02.み空
03.ドラマチックレコード
04.あなたと私にできる事
05.All I Want for Christmas Is You(「Mariah Carey」カバー)
06.唄い前夜
07.ニラカイナリィリヒ
08.パラレル
09.Smells Like Teen Spirit(「Nirvana」カバー)
10.忘れものの森
11.夜と星の足跡 3つの提示
12.Last Eye
13.The Still Steel Down
14.歩く
15.聖者の行進

 

 

(アンコール)
16.六月十三日、強い雨。
17.A HAPPY NEW YEAR(「松任谷由実」カバー)
18.問うてる

 

 

 

Vocal, Glockenspiel:安藤裕子

Electric & Acoustic Guitar:山本タカシ

Wood Bass:鳥越啓介

Violin:CHICA

Cello:篠崎由紀

Piano, Toy piano, Bandmaster:山本隆二

安藤裕子 × スキマスイッチ 「360°サラウンド」 レビュー | 歌詞 & コード解説

 ※前置きが長くなってしまったので、歌詞に興味のある方はスクロールしていただければありがたいです。

 

 安藤裕子スキマスイッチのコラボシングルが出る。

 

  そんなニュースを聞いたのが、4月の末。安藤裕子さんの大ファンで、スキマスイッチ(敬称略)も大好きな私からすると、これ以上ない最高のコラボ。思えば安藤裕子さんとスキマスイッチが昨年末5回にわたり対談したFM802の「徒然ダイアローグ」内で「また、コラボができたらいいね」なんて話していたけれど、まさかこんなに早くその夢が実現するとは思いませんでした。

 

 スキマスイッチを初めて認識したのは――恐らく大多数の人がそうでしょうが御多分に洩れず――「全力少年」だったと思います。発売されたのが2005年なので、もう10年前。安藤裕子さんを本格的に聴き出したのが5年前。彼女の出世作「のうぜんかつら」が使用されている永作博美出演のあの名作CMを目にしたり、レイザーラモンHGに絡まれていたMステ出演を何となく覚えている(気がする)ものの、安藤さんよりスキマスイッチの方が付き合ってきた期間は長い。なんだか不思議です。

 

 前述の「徒然ダイアローグ」で「ゲノム」や「パラボラヴァ」などを聴き、興味が出て買ったセルフタイトルアルバム「スキマスイッチ」の他、「奏」「ガラナ」「ボクノート」「ユリーカ」など挙げればキリがない数々の代表曲やタイアップ曲を耳にしてはいるものの、堂々と「ファン」と呼べるほど曲は知りません。しかし、J-POPのメインストリームに長年君臨しながらも良質な楽曲群を発表し続けるスキマスイッチの堅実な活動姿勢に尊敬の念を抱いていることは確かです。

 

 スキマスイッチの魅力は幾つもあると思いますが、そのひとつが「歌詞」であることは間違いありません。ファンだからこそ言えますが、安藤裕子さんの歌詞は分かりにくい気がします。大体の意味は掴めるものの、多数の比喩が散りばめられた抽象的な詞が多く、ひとつひとつの言葉を理解するのは難しい(「夜と星の足跡 3つの提示」「グッド・バイ」など)。ただ、ひとつひとつの言葉が分からないが故に、もっと奥深いところで理解できるような気がするのも確かですし、その歌詞がメロディと合わさって、安藤さんの声を伴って歌となり、こちらに向けられた瞬間、とてつもない感動を呼ぶことが彼女の「詞が好き」というファンが多い所以でしょう。

 

 対するスキマスイッチの歌詞は「分かりやすい」と思います。「分かりやすい」というのは「簡単」だとか「単純」といったことではなくて、より「普遍的」という意味で。日常における小さなエピソードを、美しい日本語の組み合わせで、より広い意味合いに敷衍してゆく――そういう歌詞の組み立て方をするアーティストとして「スキマスイッチの右に出るものはいない」とまで、ライトリスナーですが、思います。あと、言葉とかストーリーに押しつけがましさがなくて、素直に耳に沁み込んでくる。メロディに対する言葉のハマり方が絶妙っていうこともあるんでしょうが、何より説教臭さがない。懐が広くて、ニュートラルな印象を受けます。メロディやアレンジに関しても同じように思います。その辺りが、音楽に対するこだわりの強さはとてつもないものの、スキマスイッチが広く長く大衆に受け入れられている理由なんじゃないでしょうか。

 

 実は安藤裕子さん、ご自身が作詞されていない楽曲を本人名義で出されるのは初めてです(東京スカパラダイスオーケストラ沖祐市さんの「Gospel」というアルバムでゲストボーカルとして歌われた「真夜中の列車のように」は同じく東京スカパラダイスオーケストラ谷中敦さん作詞ですが、本人名義ではないので)。「アルバムの風通しをよくするために」1枚のアルバムにつき1曲は外注曲(末光篤さん a.k.a. SUEMITSU & THE SUEMITH、宮川弾さん、GREAT 3の白根賢一さんなど)があるものの、ゲストボーカルとして参加されている楽曲に至るまで、前述の「真夜中の列車のように」以外は全て本人作詞です。その、初の他人が書いた詞がスキマスイッチで本当に良かった、と安藤さんファンとして思います。

 

 そんなこんなで前置きが長くなりましたが、安藤裕子さんとスキマスイッチのコラボシングルである「360°サラウンド」の歌詞がこちらです。一部、聞き取れなかった部分があるので、コメント欄などで教えていただければ嬉しいです。

通りすがりの方に教えていただきました!それに伴い、一部加筆修正させていただきました。

 

 

舞い踊る水しぶきが午後の気温 あげてく

ほら 指さす方 青空

夏の朝の空気のように ワクワクする気持ちのまま

君と二人 創造していけたらいいなぁ!

 

打ち付けている 今年初めての夕立

360°(ぜんほうい)のサラウンド 街中を包む

この音が止んだら 始まる僕たちの夏

雨宿り 並んで 見上げて 待ってる

 

手をつなぐたび 君とのcm(センチ)を測っていたい

不安定な空みたいに 行ったり来たりもするけど

 

舞い踊る水しぶきが午後の気温 あげてく

ほら 指さす方 青空

夏の朝の空気のように ワクワクする気持ちのまま

君と二人 創造していけたらいいなぁ!

 

僕らが抱える シアワセに潜んだ少しの不安

でも雨がないと 生きられない それこそリアリティ

 

日常の中の幸福度を検知できたなら

2人でいること 巻き起こる全てが愛しい

 

雨上がり 街路樹が 爆発したように夏をまとう

ほら 子どもたち 駆けてく

3、2、1で歌い出す 蝉たちのこの季節のアンセム

響いていけ 濡れてたTシャツが乾いてく

 

ヒリヒリと痛いくらい 今年も焼き付けてくよ

 

雨上がり 街路樹が 爆発したように夏をまとう

ほら 太陽が急かしてる

 

照らされたアスファルトが最高気温 あげてく

ほら そびえ立つ入道雲

いまさらギュッと掴んでいなくたって

消えたりしないと油断していたら

君が手を ほどいてちょっと前を歩いて

 

僕を見透かして 笑ってる

 

 

 (安藤裕子「360°サラウンド」より引用 ©スキマスイッチ

 

 

 そしてこちらがその楽曲。日本初の技術を使った(と「めざましテレビ」で言っていました)MVが面白いです。AndroidiPhoneの「YouTube」アプリ、PCだとChrome ブラウザなどで、このパノラマの新技術が楽しめるそうです。Björkがニューアルバムの「Stonemilker」という曲でこの技術を使っていたのを見て「ほー やっぱりビョークはすげえ」なんて思っていたのですが、まさか安藤さんのMVで使用されるとは思いませんでした。タイトルにぴったりの技術で、まさにナイスタイミング!

 

 


安藤裕子 / 「360°(ぜんほうい)サラウンド」 ‐MV‐ - YouTube

 

 

 先日、この曲がFM802で先行公開されたとき、安藤さんとスキマスイッチのコメントが流れていました。その中で安藤さんが「うわー 坂道から美少女 自転車で漕ぎ降りてきて 浜辺でザザーンってやって なんか飲んだー」みたいなイメージだと仰られていて笑いましたが、まさにその通りの「スプラッシュ感」溢れる楽曲、そしてそれに相応しいどこを切り取っても夏らしい歌詞。そういえば、そのコメント内に

 

常「この曲を聴いて安藤裕子さんってこんな明るいんだって誤解してもらえたら」
安「どんだけ暗いイメージなんですか私(笑)」
大「スプラッシュ感」
安「でも私やっぱりジメッとしたイメージありますからね」

 

 なんて面白い会話もありました(笑)。

 

 流麗なストリングスセクションだけをバックに、サビから始まるこの曲。「夏の朝の空気のように ワクワクする気持ち」って部分が好きです。夏の朝、清々しい風と照り付ける日差しに、これから始まる1日への期待を否が応でも膨らまさせられる、あの独特な空気。そんな気持ちのように「君と二人」で、これからの未来を創造してゆけたらいいな。「想像」じゃなくて「創造」ですよ!夢がビッグです。

 

 楽曲の始まりとこの曲の「二人」の夏の始まりを盛り立てるように、徐々に楽器が増え、バンドサウンドが厚く、熱くなってゆくAメロ。「360°サラウンド」って夕立の音のことか!と合点。絶妙に入ってくるコーラスがまた、曲をより爽やかに。夕立の中、主人公の男の子と「君」が並んで雨宿りをしている情景の叙述説明がなされます。スキマスイッチの夏ソングといえば「切ない」歌詞の「アイスクリームシンドローム」が思い浮かびますが、こちらは「甘酸っぱい」。だって「始まる 僕たちの夏」ですからね。友情って名前のシンドロームから踏み出せないでいる彼に聞かせてあげたいです(笑)。

 

 マーチングのような急き立てるドラムが印象的なBメロ。「不安定な」という歌詞と合わせたわけではないでしょうが、ここのコード進行が絶妙に「不安定」なのですが、その話は後ほどのコード解説で。サビへの期待を煽る、いい橋渡しのBメロです。

 

 サビはなんといっても飛躍の激しい流れるようなメロディ!なんとこの曲、使用されているメロディは2オクターブちょっとあるんです。「ド」から次の「ド」までが1オクターブです。それが2つ分プラスちょっと。カラオケだとなかなか歌いづらいんじゃないかなあと思います。さすが大橋さん。でも、サビのメロディ展開がドラマチックなのは安藤さんの楽曲もそうです(「Paxmaveiti」「青い空」など)。そんな難しい曲をもたつくことなく難なく歌える、安藤さんのボーカリストとしての能力を改めて感じさせられました。歌詞は冒頭と同じ。四つ打ちリズムのドラムに「売れそう」って思ってしまいました。最近の邦ロックの常套手段(KANA-BOONの「ないものねだり」など)らしいですし。

 

 MVでも雨雲が出てきていましたが、2番のAメロは少し不穏な影が。少しの不安=雨がないと生きられない。植物はもちろん、人間だって「日差し」だけで成り立っているわけじゃないですよね。「雨」がないと。「少しの不安」があって初めて「シアワセ」が引き立つ。まさにそれこそリアリティですね。

 

 Bメロは1番とドラムのリズムが変わり、飽きさせません。「幸福度」ってオリジナルの言葉が面白いです。二人でいるということだけで、巻き起こる全てが、日々の小さなシアワセのひとつひとつが愛おしい。甘い!!(笑)

 

 そして、2番サビ前の一瞬ブレイクを挟んでの佐野康夫さん(じゃないかなと思っているのですが、別の方かも知れないです)のフィルインaikoの「あの子の夢」のイントロを彷彿とさせる(佐野康夫さんのドラムです)、初聴時にあっけにとられる、「入りをミスったんじゃないか」と一瞬訝ってしまう、でも最高に気持ちがいい絶妙なもたつき感。こういう一筋縄ではいかないちょっとした工夫が、最後まで飽きさせずに楽曲を聴かせてくれます。さすがの山本隆二さんのアレンジです(山本さんは安藤裕子さんのデビュー時から今までのほとんどの曲のアレンジ、LIVEでのバンドマスターを務められています。スキマスイッチでもLIVEのサポートをされているそうです)。

 

 「雨上がり 街路樹が 爆発したように夏をまとう」。この表現、すごいなあ。木の葉に溢れる水滴が光を乱反射させて、夏の熱気をもその葉のひとつひとつにまとう、あの雨上がりの瞬間が詩的に沁み込んできます。「アンセム」が聞き取れたのは我ながらよく聞き取れたと(笑)。蝉の鳴き声が夏のアンセムだなんて、素敵です。

 

 重厚なストリングスに軽やかなグロッケン。次々と変遷していくコードが面白い間奏を経て、一瞬のブレイク。安藤さんの「ドラマチックレコード」のラストサビ前のブレイクをふと思い出しました。思わずハッとさせられます。

 

 いよいよクライマックス。「色づく」の部分で、「おっ?」と思ってしまいました。「づ」が少し噛んでいる気がして。しかし、ここ、安藤さん及び安藤裕子チームの音楽にかける情熱が感じられる部分だと思います。安藤さんの楽曲って全て一発録りなんですよね。楽曲には、ドラマーだけとってみても、矢部浩志さんに沼澤尚さんに、佐野康夫さん、伊藤大地さんなどの名うてのスタジオミュージシャンが参加されおり、エンジニアは渡邊省二郎さんです。世界的なマスタリング・エンジニアTed Jensen氏からの評価も高い渡邊省二郎さん。そういえばスキマスイッチのアルバム「スキマスイッチ」のエンジニアも渡邊さんでした。業界最高峰の技術に裏打ちされた、スキマスイッチに勝るとも劣らない安藤裕子チーム(通称、ディレクターの安藤雄二さんの苗字をもじり「チームアンディ」と呼ばれています)の音楽制作にかけるこだわりが伝わる、一発録り。いくつものテイクから良い部分を継ぎ接ぎしてまとめる手法は今や普通ですが、そういう安易な音楽制作はしない。ここだけ録り換えれば、違和感はなかったのでしょうが、そんな野暮なことはしない姿勢が好きです。

ここ、そもそも歌詞を聞き間違えていたので安藤さんは噛んでいませんでした……。申し訳ないですし恥ずかしいですし、消したい部分ですが、ここを消すと一発録りと渡邉さんの件が無くなってしまうので、自分への戒めも込めて、残しておきます。

 

 キーを1つあげたラストのサビは畳みかけるような最後の歌詞が堪りません。男の子と女の子の関係性がよく伝わって、なんだか甘酸っぱいです。「君が手を」の「手」の部分、1番と2番にも同じ部分がありますが、なんと!!最後だけ半音下がっているんです!!ブルーノートと呼ばれるものなんですが、スキマスイッチの楽曲にはよく登場します。aikoの曲を想像してもらえば分かりやすいと思いますが、少しソウルフルな印象を受けると思います。ラストだけ変えてくるなんて、ニクい!

 

 上のYouTubeにアップロードされたMVではカットされているようですが、1分ちょっとあるアウトロはアレンジの妙で、最後まで高揚感を煽ってきます。エレピ(フェンダー ローズかな?)の入り方がもっさんらしい。グロッケンなんかもラストでまた彩りを添えてきて。本当に息つく暇のない程、盛りだくさんな曲でした。スキマスイッチの詞と曲、山本隆二さんのアレンジ、安藤さんのボーカル。3者のとてつもない化学変化が味わえる、名コラボでした。

 

 

 ……と、長々と書いてきましたが個人的にはここからが本題です。記事タイトルにもありますが、コード解説です。今まで詞について書いてきましたが、この曲、音楽的にもすごい。スキマスイッチの楽曲はコード進行が難しいことで有名ですが、昨年の音霊での対バンで安藤さんが「全力少年」を歌われたあと、大橋さんが「僕らの曲のコードって難しいんですが、それが更に複雑にされていて、今あれを弾けって言われても僕ら再現できないですよ」と仰られていたことからも分かるように、チームアンディの音楽的頭脳・山本隆二さんのおつけになるコード進行は更に難解です。「この音が来たなら、このコードが必ず来る」みたいな部分もたくさんあるので、スキマスイッチ(多分、鍵盤の常田さんがメインなのでは?と推測しています)のお2人がおつけになられたコードを元にして、山本さんがリハーモナイズされたのではと思っています。「自分の曲だとそんなに時間がかからないプリプロが今回は難航した。キーを変えてみたり、構造を変えてみたりしてやっと形になった」と安藤さんも仰っていたので、スキマスイッチのデモからも、かなり変更があったよう。そんなコードがこちら。

 

 全てを理解できる方は少ないとは思いますが、スキマスイッチと安藤さんの音楽の複雑さを少しでも体感していただければ幸いです。

 

 

 

 

 

(*1) | | は1小節を表しています。

(*2) / は左側がコード、右側がベース音を表しています。

(*3) ( ) 内はテンションを表しています。

(*4) 便宜上、1番と2番の繋ぎ目や間奏を[ Bridge ]と表記しています。

 

[ C (サビ) ] (Key=D♭)


| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | G♭mM7 |

| Fm7(11) | D♭m /E | E♭m7(11) Fm7(♭11) | G♭m7 A♭ |

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | F7(♭13) Adim7 |

| B♭m7 | E♭7(9) | E♭m7 Fm7 | G♭M7 A♭7 |

 

[ Bridge 1 ]

 

| D♭ | A♭m / B | AM7 | A♭ |

| E F# |

 

[ A ](Key=B) 

 

| B  Em / B | B  F# / A# | G#m7  B / F# | C# / F |

| E F# | Gdim G#m7 | C#m7 F# | G#m |

 

| B  Em / B | B  F# / A# | G#m7  B / F# | C# / F |

| E F# | Gdim G#m7 | C#m7 F# | B |

 

[ B ]

 

| EM7(9) | B / D# | C#m7(11) D#7(♭11) | G#m F#m7 |

| Fm7-5 B♭7 | D#m7 Bm / D | C#m7 | D#m7(11) / G#  G# |

| F# / G#  G# |

 

[ C (サビ) ] (Key=D♭)

 

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | G♭mM7 |

| Fm7(11) | D♭m /E | E♭m7(11) Fm7(♭11) | G♭m7 A♭ |

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | F7(♭13) Adim7 |

| B♭m7 | E♭7(9) | E♭m7 Fm7 | G♭M7 A♭7 |

 

[ Bridge 2 ]

 

| D♭ | E F# |

 

[ A ](Key=B)

 

| B  Em / B | B  F# / A# | G#m7  B / F# | C# / F |

| E F# | Gdim G#m7 | C#m7 F# | B |

 

[ B ]

 

| EM7(9) | B / D# | C#m7(11) D#7(♭11) | G#m F#m7 |
| Fm7-5 B♭7 | D#m7 Bm / D | C#m7 | D#m7(11) / G# G# |

| N.C. |

 

[ C (サビ) ] (Key=D♭)

 

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | G♭mM7 |

| Fm7(11) | D♭m /E | E♭m7(11) Fm7(♭11) | G♭m7 A♭ |

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | F7(♭13) Adim7 |

| B♭m7 | E♭7(9) | E♭m7 Fm7 | G♭M7 A♭7 |

| D♭ (2 / 4) |

 

[ Bridge 3 (間奏) ] (Key=E)

 

| E | F# | AM7(9) G#7 | C#m7 E7 |

| AM7 | A#dim7 | G#m7-5 | C#7 |

| DM7(9) | DM7(9) | C#sus4 C#M7 | F#sus4 F# |

 

[ B ] (Key=B)

 

| Fm7-5 B♭7 | D#m7 Bm / D | C#m7 | D#m7(11) / G# G# |

| N.C. |

 

[ C (サビ) ] (Key=D♭)

 

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | G♭mM7 |

| Fm7(11) | D♭m /E | E♭m7(11) Fm7(♭11) | G♭M7 A |

 

(Key=D)

 

| D | Am / C | GM7(9) | GmM7 |

| F#m7(11) | Dm / F | Em7(11) F#m7(♭11) | Gm7 A |

| D | Am / C | GM7(9) | F#7(♭13) A#dim7 |

| Bm7 | E7(♭9) | Em7 F#m7 | GM7 A7 |

| D A / C# | CM7 B7 | Em7 F#m7 | GM7 |

 

[ Outro ]

 

| D | Am / C | GM7(9) | GmM7 |

| F#m7(11) | Dm / F | Em7(11) F#m7(♭11) | Gm7 A |

| D | Am / C | GM7(9) | F#7(♭13) A#dim7 |

| Bm7 | E7(9) | Em7 F#m7 | GM7 A7 |

 

| B♭M7  Gm /B♭  B♭M7 | B♭M7  Gm / B♭  B♭M7 |

| Am / C  C  Am / C | Am / C  C7 C |

| B♭M7  Gm /B♭  B♭M7 | B♭M7  Gm / B♭  B♭M7 |

| Am / C  C  Am / C | Am / C  C7 C |

| B♭M7  Gm /B♭  B♭M7 | B♭M7  Gm / B♭  B♭M7 |

| Am / C  C  Am / C | Am / C  C7 C |

| B♭M7  Gm /B♭  B♭M7 | B♭M7  Gm / B♭  B♭M7 |

| Am / C  C  Am / C | Am / C  C  Am / C |

| D |

 

 

 ……いかがでしょうか?ゴチャゴチャしていて見づらいところからも、この曲の複雑さを理解していただけると思います。かなり丁寧に表記しましたが、基本的にテンションはメロディがコードに対してテンションになっている部分なので、プレイされる際には省いてもらって大丈夫です。「セブンスコードが多くて弾けない……」という場合は、セブンスは省いてもらっても雰囲気は味わえると思います。ラストは普通に「B♭M7→C→D」と表記すれば分かりやすかったと思いますが、原曲のピアノの忠実な感じで表記しました。あと、あくまで耳コピですので、実際のコード進行と異なる部分があるかも知れません。悪しからずご了承ください。

 

 それでは、コード解説にいきます(ようやく)。使用されている音楽理論の名称は分からないけれど、興味があるという方は下記のサイトが非常に見やすく、分かりやすく、面白くまとまっていますので参照ください。

 

soniqa.net

 

 

(Key=D♭)

 

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | G♭mM7 |

| I | Vm / VII♭ | IV | IVm |  

 

| Fm7(11) | D♭m /E | E♭m7(11) Fm7(♭11) | G♭m7 A♭ |

| IIIm | Im / III♭ | IIm IIIm | IVm V |

 

| D♭ | A♭m / B | G♭M7(9) | F7(♭13) Adim7 |

| I | Vm / VII♭ | IV | III V#dim |

 

| B♭m7 | E♭7(9) | E♭m7 Fm7 | G♭M7 A♭7 |

| VIm | II | IIm IIIm | IV V |

 

 

 曲の順番に沿って、いきなりですがこの曲の肝、サビのコード解説。この曲、キーがあと1つ下か1つ上だったら取りやすかったんですが(ハ長調が含まれるので)、#が5つのロ長調(特にピアノ曲以外のクラシックだとめったに見ないです(*1))と♭が5つの変ニ長調なので、シャープやらフラットやらがいっぱいなんですよね。そのため、コードの下にディグリーネームでの表記もしておきました。赤字は特に注意すべきコード。

 

(*1)ヴァイオリンでは音階に開放弦の音が一つしか含まれず主要三和音では倍音の響きが極めて乏しい。(WIkipediaより)

 

 まず注目すべきはいきなり登場するA♭m / B。なぜ、こんな突飛なコードがいきなり来ているのかといいますと、いきなりノンダイアトニック・トーン、つまり非正規の音が使用されているんです(「まいおどる みずしぶき」の赤字になっているところがそうです)。ディグリーネームで表記すればVII♭なのですが、簡単にいうと「ドレミファソラシ」が正規の音なのに「シ♭」が使用されているんです、それもいきなり。A♭mはドミナントマイナーなのでノンダイアトニックコード――この場合はその中でもモーダルインターチェンジ、同主短調からの借用となっています。「I→V / VII」という展開はありふれていますが、「I→Vm / VII♭」となると格段に珍しくなります。安藤裕子さんだと「愛の季節」のサビの入りが同じ進行です。ノンダイアトニックコードには個人的に浮遊感を感じます。そして、「ずしぶ」とノンダイアトニック・トーンが使用されたあと、次の「」でいきなり1オクターブ近い飛躍があるので、なんともいえない浮遊感、そして爽快感が感じられると思います。

 

 続く「G♭M7→G♭mM7」というサブドミナントからサブドミナントマイナーの進行。基本的に構成音は同じなんですが、マイナーになることで「シ♭」が「ラ」に半音下がって、なんとも渋みのある響きになっていると思います。安藤裕子さんだと「ようこそここへ」のサビの入りが同じ進行です。

 

 そしてDm♭ / E。歌詞だと「ほら」の部分です。ここ、いきなり体ごと落っこちてゆくような重力を感じませんか?ベース音が「ファ」から、これまたノンダイアトニックトーンの「ミ」に半音下がっているんです。ここは多分、スキマスイッチではなく山本隆二さんによるものだと思います。おそらくこの曲では上記のように鳴っていると思いますが、III♭7やIII♭M7でも代用可能です。安藤さんだと「シャボンボウル」の「どんどん流れて お空」の「」の部分、坂本真綾さんの「SAVED.」でもサビ終わりの「私に光を与えてくれたか」で効果的に使用されています。山本さんアレンジの醍醐味です。

 

 G♭m7もまた、飽きさせない工夫ですね。「IIm→IIIm→IV→V」の同じ進行になっている部分、2回目はG♭M7なんです。本来は左記のコードを使用するのが普通なのですが、同じ繰り返しじゃあ面白くないということで1回目にモーダルインターチェンジであるG♭m7が使用されています。

 

 F7→Adim7はセカンダリードミナント。いくつかあるセカンダリードミナントの中でもIII7は断トツに使用頻度が高いので覚えておきましょう。平行調である変ロ調からの借用なので、物悲しさを感じると思います。間にディミニッシュを挟んで、ベース音をじわじわあげることで、より物悲しさがぐんぐん迫って来ていると思います。III7はVImに進む働きがあるので(上に書きましたが、変ロ(=B♭)短調のドミナントなので、主和音である)B♭mに解決。続くE♭7もB♭からすると、四度上への強進行となり実に自然な流れです。

 

 

(Key=D♭)

 

| D♭ | A♭m / B | AM7 | A♭ |

| I | Vm / VII♭ | VI♭ | V |

 

(Key=B)

 

| E F# |

| IV | V |

 

 

 冒頭のサビからAメロへと移行する部分のコード。ここは特に言うこともないですが、強いて言えばAM7ですかね。これもモーダルインターチェンジ。さっきからモーダルインターチェンジは何度か出てきましたが、日本語は同主短調変換と言います。同主短調(例えばハ長調だとハ短調)のコードを借りる技法です。スキマスイッチだと「SF」の前半部分のピアノリフがモーダルインターチェンジをうまく使用した浮遊感のあるコード進行です。セブンスが入り、ピアノで弾けばちょっとお洒落な響きに、三和音でギターで弾けばロックな味わいになります。後半のE→F#はもう既にロ長調です。ロ長調サブドミナントドミナントです。

 

 

(Key=B)

 

| B  Em / B | B  F# / A# | G#m7  B / F# | C# / F |

| I  VIm / I | I  V / VII | VIm  I / V | II / IV# |

 

| E F# | Gdim G#m7 | C#m7 F# | G#m |

| IV V | V#dim VIm | IIm V | VIm |

 

 

 いやあ、実によくできたAメロです。シンプルで、無駄がない。まず、特筆すべきはいきなり登場するEm、サブトミナントマイナー。ここは、多分山本さんの手によるものだと。メロディに対するコードの当て方が絶妙で、なんだかクラシカルな響きを感じませんか?

 

 そのままベース音が滑らかに下がってゆき、C#へ。このコードもセカンダリードミナントです。ドミナントであるVに向かうセカンダリードミナントなので、このコードだけ特別にダブルドミナントとも呼ばれています。もちろん、ノンダイアトニックコードなので「F」という本来のスケールにはない音が含まれているのですが、それをメロディに絡ませています。さすがスキマスイッチ

 

 後半部分は、III7(先程も紹介しました、「物悲しい」コードです)の亜種であるV#dimを混ぜつつ、今度は上昇クリシェ。ベース音に綺麗に上がっています。最後はツーファイブを経て穏やかにトニックへとシメ……かと思いきや、偽終止G#m。偽終止というのは、ハ長調でいえば「ドミ」で終わるはずのところを「ドミ」とマイナーコードでシメることを意味します。マイナーコードになるので、少し陰を残すんです。なぜ、ここで偽終止が使われているかというと、1番だけAメロが2回繰り返しなんですよね。そこで、変化をつけるために1回目のメロ終わりを偽終止にしています。もっさんの縁の下の力持ち的な心遣いです。2回目は同じ繰り返しですが、ラストはB、「偽」じゃなくきちんとトニックに終止しています。

 

 

(Key=B)

 

| EM7(9) | B / D# | C#m7(11) D#7(♭11) | G#m F#m7 |

| IV | I / III | IIm III7 | VIm Vm |

 

| Fm7-5 B♭7 | D#m7  Bm / D | C#m7 | D#m7(11) / G# G # |

| IV#m7-5 VII7 | IIIm  Im / III♭ | IIm | IIIm / VI  VI

 

| F# / G#  G# |

| V / VI  VI |

 

 

 これまたいいBメロ!ちゃんとBメロしつつ、最大限変わったことをしています。出だしはサブドミナントメジャーナインスと、かなり多い音数のコードでどこか寂しさを感じさせる出だしです。そこから下降クリシェ、そしてIII7をはさみつつドミナントマイナーで終了。そして問題はここからです。

 

 さっきのラストから滑らかに半音下がったFm7-5から強進行でセカンダリードミナントであるB♭7へ。ディグリーネームで表記すればVII7ですが、このコード、セカンダリードミナントの中で断トツに使用頻度が低いです。なぜなら「II#、IV#」というノンダイアトニックトーンが2つも含まれていて、下手したら調性まで変えてしまうことになりかねないからです。先程の歌詞の部分でも書きましたが「不安定な空みたいに」という歌詞に呼応するように「不安定な」コード。VII7の着地先はIIImなのでD#m7に、そしてサビの「ほら」の部分にも出てきた浮遊感のあるIm / III♭へ半音下降。ジェットコースターみたいに跳ね回るコード進行に振り落とされないように必死ですが、IImにこれまた半音下降したあと、なんとここでD#m7 / G#→G#。全てダイアトニックトーンですが、これが変ニ長調のツーファイブであるE♭m7 / A♭→A♭(全く同じ音で、表記の仕方が違うだけです)に当たるので、転調先の変ニ長調へ華麗にアプローチ。ラストにダメ押しでF# / G#→G#。皆さんついてこられましたでしょうか……?スキマスイッチと山本さんに振り回されっぱなしです。安藤さんもこの歌いにくいメロディを加工もなしで難なく歌いこなしています。これだけ複雑なことをしていながら、こうして気にして聴かない限りはサラッと耳を流れてゆくんですよね。そこがすごいところですし、カッコいいです。

 

 サビは冒頭と同じ、2番も基本的に同じなので、このまま間奏へ行きます。

 

 

(Key=E)

 

| E | F# | AM7(9) G#7 | C#m7 E7 |

| I | II | IV III | VIm I |

 

| AM7 | A#dim7 | G#m7-5 | C#7 |

| VI | VI#dim | IIIm7-5 | VI |

 

| DM7(9) | DM7(9) |

| VII♭ | VII♭

 

(Key=B)

 

| C#sus4 C#M7 | F#sus4 F# |

| IIsus4 II | Vsus4 V |

 

 

 間奏はもうムチャクチャなので(理論的には一分の隙もなく完璧なのですが……)説明すらしづらいのですが、少しでも理解していただければ。コードもわりと色々な取り方ができると思います。キーは普通にロ長調として取ろうかどうしようか迷ったのですが、ホ長調として取るのが自然かなと思います。一体何回目の転調なのか……。トニックからそのままIIへ。ちょっとワルイドな印象を受けます。そのままサブドミナントからセカンダリードミナントであるIII7へ。何度も出てきたのでもう説明は要りませんよね。そして、ここの部分。ストリングスのメロディは全く一緒(2小節単位で一区切り、それが2回繰り返されています)なのですが、当てられるコードが変わっていて面白いです。「」はEからすると構成音なのですが、AM7からすると9thでテンションになっていて。A#dim7のディミニッシュを挟みつつ、セカンダリードミナントC#7に強進行で進むためにG#m7-5を配置。ラストはモーダルインターチェンジDM7で浮遊感のあるコードを響かせつつ、半音下げてsus4を織り混ぜたロ長調のツーファイブで綺麗に転調。なんとも鮮やか。安藤さんでいうと「絵になるお話」の間奏もこんな感じです。キーボーディストである山本さんだからこそできるアレンジ。ギターじゃなかなか作れない進行です。

 

 そしてロ長調のBメロを挟んで、ラストのサビへ。ラストは変二長調から1つ上の二長調にサビのメロディを丸ごと移調。使用されているキーは3つ全体で8回も転調しています。もう何が何だか……という感じです。そりゃあ、写譜屋さんも愚痴ります。 

 

 

 

 

(Key=D)

 

| D  A / C# | CM7 B7 |

| I  V / VII | VII♭ VI |

 

 

 ラストはキーが変わっただけで、コードは今までのサビと基本的に一緒なので「君が手を ほどいてちょっと前を歩いて」の後のタメの部分を。といっても、ベースが半音に下がってゆくだけ、ですが。ストリングスのアレンジと相まって、実に効果的なタメです。

 

(Key=D)

 

| B♭M7 | B♭M7 | C | C | ×4

| VI♭M7 | VI♭M7 | VII♭ | VII♭ |

 

| D |

| I | 

 

 

 アウトロもサビのコード進行の繰り返しですので、MVではカットされているラストのコード進行を。坂本真綾さんの「SAVED.」や安藤裕子さんの「世界をかえるつもりはない」のラストでも同じような進行が用いられていますが、VI♭→VII♭→Iのモーダルインターチェンジを挟んでトニックへ解決する、非常に浮遊感のある、ロック色の強いコード進行。aikoが親の仇みたいに使うコードです。何だかこの記事、安藤さんとスキマスイッチに次いでaikoの名前が登場しましたが、aikoのメインアレンジャーである島田昌典さんもキーボーディストなので、おつけになるコード進行が山本さんとわりと近いんですよね。それでよく名前を出しました、っていう言い訳です(笑)。ラストまで解説のしがいのある、複雑だけれど押しつけがましさはない、でも骨太なコード進行でした。ややこしい内容でしたが、ここまでお読みいただいた方がいらっしゃれば、書き手冥利につきます。ありがとうございます。

 

 

 15000字を越える長い記事となりましたが、スキマスイッチ安藤裕子さん、そしてアレンジャーの山本隆二さんの最高のコラボレーションを楽しむ一助になれば幸いです。カップリングの「うしろ指さされ組」のカバーと、Instrumentalを楽しみに7月29日まで待ちます、それでは!

 

 

360°(ルビ:ぜんほうい)サラウンド

360°(ルビ:ぜんほうい)サラウンド

 

 

 

 

安藤裕子 LIVE 2015 「あなたが寝てる間に」 @大阪・森ノ宮ピロティホール 3.22(日)

 昨夜、森ノ宮ピロティホールで開催された安藤裕子 LIVE 2015 「あなたが寝てる間に」の初日公演をレポートします。

 

 思い切りネタバレをしていますので、ご理解をいただける方のみ読み進めてください。

 

 

 客電が急に落ち、薄い幕の向こうで5つの照明が明滅、光の粒子がキラキラと反射する中、「森のくまさん」のイントロ部分のループが流れる。このイントロ、大音量だと細部までハッキリと聴こえた。鳥の鳴き声が響いたり、木々の擦れる音が聞こえたり、一瞬でホールのざわめきから深い森の中へと連れて行かれる。バックミュージシャンが徐々に揃い、準備が完了すると、安藤裕子(敬称略)が登場。佐野康夫による職人技としか言いようがない熊の足音のようなもたついた、でも芯のあるドラムと共に幕が上がる。白いスカートにポンチョのような白いトップス。小さな花びらがいくつもついていて、綺麗だった。その下にエメラルドグリーンのキャミソール。靴は白い厚底のスリッポン。客席の右側と左側に交互にバレエのレヴェランスのような仕草で無言の挨拶をして、曲に入る。一曲目から会場全体に響く伸びやかな声で場を圧倒。アンビエント的な音像で、山本隆二のライブならではのキーボードのフレーズが面白かった。「残念無念」の部分で緑の照明が瞬時に赤に変わり、「うるせえ」と声を荒げる姿のすさまじい迫力。何とも説明しがたいが、もったりしているが芯のある佐野康夫のドラムが本当にすごい。曲が終わったかと思うと激しいドラムからそのまま「大人計画」へ。バンドライブには初参加の設楽博臣によるエレキギターと、佐野康夫の超人的なドラムにより、ストリングが主体のポップなCDバージョンとは打って変わり、かなりロッキンな仕上がりに。

 

 「おいーっす!」と気の抜けた挨拶でMCが始まるが、静かな客席。「声が小せえぞ!」とにこやかに悪態をつく安藤裕子。そのまま昨夜大阪に前乗りをして、鶴橋に向かった話を。「鶴橋ってみんな知ってる?」という天然ボケをかましつつ、「出てすぐ焼肉なの!映画のセットみたい!」と会話を続けながら北の湖親方に出会ったと語る。初日に緊張して眠れなかったというエピソードを挟んで、新居昭乃に曲紹介を頼む安藤裕子。どの曲がくるかドキドキしていると、新居昭乃が、あのものすごくかわいい声で「死ぬのは奴らだ」と物騒な台詞を呟き、「Live And Let Die」へ。「きっと好い事ばかりじゃないさ」の部分はもちろん新居昭乃が歌うのだが、なんと残りのバンドメンバーもコーラスとして参加。野太いおじさんたちの声が入ることで、逆に新居昭乃のエンジェルボイスが際立っていた。安藤裕子は「た~しかめれ っば~」と「ば」の前に溜めを入れて歌っていた。三管サックスが肝の曲なので、どういうアレンジでくるか楽しみにしていたが、例えるならNHKのThe Covers出演時の「うしろ指さされ組」のような、ゴリゴリなエレキギターといい意味でチープなシンセの音色によりニューウェーブっぽいアレンジで面白かった。

 

 叩きつけられるドラムとアヴァンギャルドなギター、マイナー調のピアノでジャズのジャムセッションのような出だしから、お馴染みのピアノのイントロに移り、「RARA-RO」へ。期待しすぎていたからか、想像していたほどのインパクトはなかった。むしろ初披露だったアコースティックライブの方が良かったくらい。佐野康夫のドラムが良くも悪くも独特なため、スカのリズムにノリにくく、バンドとしてのアンサンブルがイマイチうまくいっていないイメージ。これは初日ならでは。それでも「まだまだ行けるよ 坂の上の雲」からのラストのサビへの流れには息を飲まされた。アウトロが終わり、なんと設楽博臣のギターソロが入る。速弾きに歯ギター(!)とかなり激しく弾きまくっていてカッコよかった。今までの山本タカシのギターではあり得ない演出。今回のライブの要はどうやら設楽博臣と佐野康夫らしい。その二人と荒れ狂いっぷりを、安藤裕子のライブ参加はベスト盤発売時のツアーぶりの鈴木正人の重厚なベースと、安藤裕子の共同制作者でもある山本隆二が抜群の安定感でしっかりと支えている、そんな雰囲気。

 

 安藤裕子がMCをしている間、ひたすら山本隆二がムーディーなキーボードを披露。「そろそろ曲に入りたいけど、ものすごく楽しそうに弾いてるからなあ」と山本隆二をイジる安藤裕子。そのやり取りを何度か繰り返しながら、なんと「TEXAS」へ。イントロからは全く判断できなかった。シンセのまろやかな味わいと、力強いドラム、随所に挟むフレーズが新しいエレキギターによりかなり新鮮なアレンジだったが、ポップなのにどこか物悲しい絶妙なメロディにより、少しうるっとさせられた。序盤はこのままロックに進むのかと思いきや、ここで「You」へ。サビの「悲しみも淋しさもなかったように去れるけど」の部分の、透き通るファルセットとクリアな地声の転換がCDの通り、美しかった。アルバムに忠実なアレンジで、70年代のキラキラアイドルバラード感がよく表現されていた。新居昭乃がイントロやアウトロでグロッケンを弾いていた。

 

 今回のツアーグッズの変わり種商品、人魚姫の光るリングの説明をしつつ、安藤裕子アイドル化計画を滔々と語り始める。豊崎愛生という声優に楽曲提供をした所以で招待された彼女のライブで、ファンがサイリウムを振っている姿を見て「私もしてみたい」となったそう。本当はボールペンの先が光るデザインにしたかったが、それだと値段が張るためにこのような指輪の形になったらしい。キーボードの山本”教頭”(山本隆二)にその指輪の振り方を客に指南するように言いつける安藤裕子。「なんで教頭なのかみんな意味分からないでしょ」と山本隆二がツッコむと、「安藤裕子アイドル学院の教頭」と安藤裕子。すかさず「聖アンドリュー学院」と訂正する山本隆二。そのまま「僕が森ノ宮~!」って言うから皆さんは「ピロティ~!」って言って、指輪を上に振りかざしてくださいと喋る山本隆二。ライブでこんなに喋っているのは初めてではないだろうか。「森ノ宮~!」「ピロティ~!」コールに飽きると「ピロ~!」「ティ~!」や「ミルク~!」「ティ~!」など遊び始める。「リチャード~!」と掛け声を始めるが会場の人は皆「ギア~!」と答える。山本隆二は「リチャード・ティー」というアメリカのミュージシャン兼ピアニストをイメージしていたみたいで「そこはティーでしょ」と言うが、「いや、普通リチャードはギアだから」と安藤裕子にツッコまれる。「エリック~!」という掛け声には皆分からず、無言。どうやら作曲家の「エリック・サティ」をイメージしていたらしい。「私が思い描いていたアイドルと違う!」「なんか学生運動みたい」と安藤裕子にツッコまれる。そういうやり取りを挟みつつ、「君たちはAKBには入れないが、おニャン子クラブには入れる!」と安藤裕子が大声で叫んだと思いきや、なんとここで「うしろ指さされ組」のカバーへ。TVでのアレンジより更にパンキッシュなニューウェーブよりのアレンジで面白かった。シャイな安藤裕子ファンの皆さんも「さされ組」の部分できらきら光る人魚姫リングを控えめに振り上げていて、「蛍みたい」という安藤裕子の評の通り、とても綺麗だった(どうやら皆そこまで興味がないだろうと思っていたのであまり在庫を用意していなかったが、予想外の売り上げで完売したそう)。

 

 そのまま”どこかで聞いたことがあるけれど、何の曲かは思い出せない”イントロに入り、もやもやしていると、なんとYMOの「君に、胸キュン。」カバーに。もちろん男性陣がコーラス参加。佐野康夫がドラムを叩きながらちゃんとコーラスに参加していて、その体力にびっくりした。「君に胸キュン」のあとの「キュン」の部分も安藤裕子はちゃんと歌っていた。短いイントロを挟み、なんとここで「」へ。完全なバンドバージョンとしては2012年の「勘違い」レコ発ツアーの大阪公演のみだったため、大変レアな楽曲。しかも中盤のここで来るとは思わなかったので、かなり意表を突かれた。”森のくま”から”鬼”までかなりのメルヘン幅広さである。錯綜するリズムと複雑なメロディ展開の鬼ごっこのようなこの楽曲。サビで設楽博臣のエレキギターが開放的に響くアレンジが印象的。ラストの長いアウトロに向けて、次第に熱量を増してゆく演奏と、それに負けじと声を張る安藤裕子のボーカル、そして束の間やって来るブレイクの一瞬の無音からの熱量の放出に鳥肌が立った。文句なしの名演だった。

 

 「人と交わるのが苦手で、絵を描くにしても曲をつくるにしても自分の世界に籠りっぱなしだった。でも、活動を続けてゆく中で人と交わって曲をつくる楽しさを知った。今回のアルバムも”音楽で思いっきり遊びたい”というのを念頭に制作した」。「年を取っても音楽を思いっきり楽しめる、そんなジジイやババアになるのが今の目標です」。「どうか皆さんもいい人生を過ごしてください」という言葉で締められたMCのあと、「人魚姫」へ。やはり安藤裕子の声は静かな演奏の元でよく映える。同行者曰く「α波みたいなものが出ている」、クリアなファルセットには確かにCDでは含み切れない透徹な倍音の響きが幾重にも重なり、癒しの空気を醸し出している。アコースティックライブで初めて聴いたときから、色んなイベントやフェスで演奏されたこの楽曲。いつしか曲が成長し、最初の頃から何倍も名曲に育った気がする。原曲はギターにエレキベースの編成だが、キーボードが入り、ベースも鈴木正人によるウッドベースだったため、また違った仕上がりに。子守唄のような静かな優しさ。夕暮れのようなオレンジの照明が美しかった。そして、その夕暮れの照明から、夜更けのような深い青緑の照明に夜空に輝く星々のようないくつもの小さな光が浮かぶ幻想的な照明に変化し、「はじまりの唄」へ。一番はキーボードのみでシンプルに、二番から佐野康夫の芯のあるドラムが入り、より力強く。サビの母音を押し上げてゆくような歌い方がまた、音源の何倍も清らかで胸を打った。鈴木正人はこの曲でもウッドベースを弾いていたが、その渋い音色がこの曲のよさを引き立てていて、今回のライブは沖山優司でなく、鈴木正人で本当によかったと思えた。

 

 この夏、無料配信もされた楽曲「レガート」では夜明けのような淡い水色の照明に。丁寧に折り重ねられてゆく音の厚みと変幻自在の声量使いにより、一曲の内に曲を深化させてゆくアンサンブルに、バンドライブの真骨頂を感じた。「73%の恋人」ではまた、夕暮れのような、はたまた宵闇のような、オレンジと紫の不思議な照明の中、バラードなのにビターでロックな音世界を存分に撒き散らしていた。ギターの設楽博臣が曲中でアコギからエレキギターに持ち返る、その素早さにびっくりした。長い長いアウトロの多重層的なコーラスは、ライブだと二層にしか重ねられないはずなのに、コーラスの新居昭乃との芸術的な兼ね合いにより、幽玄の美しさ。そのたおやかなコーラスの中を激しい演奏が押し広げてゆき、CDだとそこまで好きな曲ではなかったのに、演奏曲の中でも上位に食い込む出来栄えだった。

 

 宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」での「創造的人生の持ち時間は10年だ」というセリフを受けて、もうデビュー12周年になる自分はその10年を越してしまっていると語り出した安藤裕子。「もし自分のためだけに音楽をつくるのなら、自分は10年もあればお腹がいっぱいだったと思う。でも、人のために歌うことを知った」。「ある日、女の子から”助けてほしい”という手紙が来た。どうやら家庭環境が悪いようだった。でも私はその子を連れ去って助けることもできない。それでも、ライブに来てくれるだろうから、この曲はその子のために書こうと思って書いた曲です」。「その”誰かのために曲を書く”という行為が、活動を続けてゆくうえでひとつの転機だったのかもしれない」というMCのあと、「青い空」へ。一番はイントロも含めてアコースティックギターのみで演奏され、二番からバンド演奏に。明日へ向かって突き進むような力強い演奏と、感情が乗った安藤裕子のボーカルが感動を生み、少し視界が歪んだ。「青い空の下 攫ってみせる だけど あなたの寝顔がまだ夜に透き通って」という詞が本当に好きだ。「あなたに見せてあげよう 咲くような朝陽を あなたに全てあげたい 明日と青い空」という歌詞も、前述のMCを聞いたあとではその深みが違った。「その声で 呼ぶのなら」とアウトロで二回絶唱し、青い青い照明の中、思いっきり泣いたあとのような爽快感と寂寥感を胸に残して曲が終わった。

 

 今日一の声量で始まった「世界をかえるつもりはない」。この曲は場の空気の層を一段深くする、そんな作用のある曲だと思う。アコースティックアルバムの演奏とは明らかに曲の持つ神聖さの度合いが違う。限りない熱量の放出と、交互に訪れるファルセットの「あいしてます」というシンプルな囁き。「この狭い部屋の片隅で」のパートは毎回歌い方が違うので楽しみだが、今日はジワジワと迫り来るような緊迫感のある歌い方だった。曲が終わっても、なかなか拍手が湧かなかったということがそのパフォーマンスの凄まじさを如実に示しているだろう。しばらく経ってようやく拍手が起こると同時に荒れ狂うドラムの導入から「サイハテ」へ。声と楽器がひとつの大きな塊となって、一気にこちらに押し寄せてくるような重量感のある演奏で、長い髪の毛を振り乱して歌う安藤裕子の姿がまたカッコよかった。目玉である間奏の山本隆二のピアノは音源より更に音数が多く、叩きつける鍵盤のひずみまで伝わってくる渾身のプレイだった。CDでは途中でフェードアウトしているが、ライブだと最後までその激しさを思う存分爆発させるアウトロ。ギターを頭上で弾いたり、マイクスタンドに擦りつけたり、設楽博臣がかなり荒々しいプレイをする中で、安藤裕子が思い切りヘドバンしていて、やっぱり安藤裕子のライブはロックだと再認識。演奏をその厚みで支えるソリッドなベースと、もはや人の動きとは思えないほど手数が多いドラムのリズム隊も素晴らしかった。アウトロが終わった後、花火のような佐野康夫によるドラムソロが点滅する照明と共に爆発的に繰り広げられ、本編ラストに相応しい息をつく間もない最高のパフォーマンスだった。

 

 アンコール一発目のメンバー紹介は、前述の「聖アンドリュー学院」の流れを含んでいるようで、山本教頭は教頭、設楽博臣は理科の先生(理数系は赤点だったそうだが)、鈴木正人は古典の先生……だったが、学生時代唯一赤点を取って夏休みの間補習に行かなくてはならなかったという話を受けて英語の先生に、佐野康夫はなんと社会の教員免許を持っているとのことで社会の先生に(初耳だった)、新居昭乃は保健室の先生(かわいい声で何やら保健室の先生的なセリフを言って、安藤裕子をキュンキュンさせていた)、そして古典だけは偏差値74だったという安藤裕子が古典の先生という呼び込み方だった。そのままなぜか卒業の話になり、「贈る言葉」を歌い出す安藤裕子。しかし、歌詞が出てこず終わりか、と思った瞬間、客席のお兄さんが歌詞を先導してゆき、一番を見事に歌い切るというライブならではのイベントがあって会場内は爆笑だった。

 

 「みんな歌うぞ」という入り方で始まった「問うてる」だったが、歌詞をミスしてもう一度やり直しに。アコースティックライブとは違って、やはりリズム隊が入ると曲の重さが変わる。アウトロの最中、安藤裕子がやたらと、ある客席に向かって手を振っているなあと思っていたが、どうやら4歳くらいの女の子がいる模様。そのままその子に手招きをして、ステージ近くまで呼び寄せると、本人が着用していたグッズの人魚姫リングを手渡していて、なんだか微笑ましかった。ラストの「ラーラーラーラー」の客席のシンガロングに対する安藤裕子の煽りがいつもより少なかったので、てっきりこの曲で終わりだと思っていた身からすると肩透かしだった。肩透かしだったが、その後のMCでアンコールはまだ続くようだと分かってテンションが再上昇。まさか「鬼」も「サイハテ」も「問うてる」も演るとは思わなかった。「震災で傷ついた人のために書いた曲だったのに、曲ができあがってゆくとともに祖母の容体が悪くなってゆき、ついには亡くなった。何だかレクイエムのようになってしまって、自分では長い間歌えなかった。でも、春のきざしがゆっくりと見え始めた今、歌いたいと思って選曲しました」というMCから「地平線まで」に。どこか神聖な空気も漂う、静謐な美しさを湛えた演奏だった。

 

 ラストは濃い青と緑の中間のような照明の中、山本隆二のたおやかなピアノの元で情感のある揺らぎを響かせたボーカルが印象的だった「都会の空を烏が舞う」へ。ストリングスが主体の長いアウトロをどうアレンジするか興味津々だったが、シューゲイザー的なエレキギターと、烏の羽ばたきを連想させるシンバルの音、豊かなウッドベースが加わり、音源とはまた違った方面の素晴らしいアレンジに。「蘆屋道満が安陪清明との戦いに敗れ、打ち首にされて、桜吹雪が舞う中、走馬灯のように過去の思い出が浮かびながら、魂が空へ昇ってゆく」というイメージらしいこのアウトロ。途中の佐野康夫による職人技的な重たいバスドラさばきはまさに”打ち首”というような演奏で唸らされた。徐々にBPMを速めてゆく演奏の中、天国から響く声のようなファルセットで場内を満たし、体幹を鍛えるために続けられているバレエの賜物である美しい所作で翼が生えたかのような動きをする安藤裕子はもはや神々しかった。音量が最高潮に達した瞬間、無音になり、それと同時に照明が落とされバックの星のような光だけが輝く、その美しさたるや。一音一音を丁寧に拾い切ろうとするファンの真摯な姿勢の表れである、完璧な静けさだった。長いブレイクのあと、ピアノがラストの和音を奏でるとともに、また幕が下り、何とも言えぬ映画的な余韻を残し、約2時間半に及ぶ最高のライブが終わった。

 

 

「セットリスト」

 

01.森のくまさん
02.大人計画
03.Live And Let Die
04.RARA-RO
05.TEXAS
06.You
07.うしろ指さされ組(カバー)
08.君に、胸キュン。(カバー)
09.鬼
10.人魚姫
11.はじまりの唄
12.レガート
13.73%の恋人
14.青い空
15.世界をかえるつもりはない
16.サイハテ

 

(アンコール)
17.問うてる
18.地平線まで
19.都会の空を烏が舞う

 

 

Vocal:安藤裕子

Chorus, Glockenspiel, Tambourine:新居昭乃

Electric & Acoustic Guitar:設楽博臣

Electric & Wood Bass:鈴木正人

Drums:佐野康夫

Keyboard, Bandmaster:山本隆二

コード・音楽理論解説 / 安藤裕子「都会の空を烏が舞う」

  今日は趣向を変えて、楽曲のコード解説から音楽理論のお話を。

 

 1月28日発売の安藤裕子「あなたが寝てる間に」のラストを飾る「都会の空を烏が舞う」。コード進行がとても好きで、尚且つハ長調と解説しやすい楽曲のため、この曲を選びます。「猿でも分かる!」とは言いませんが、できるだけ音楽理論に親しみがない方でも最後まで読んでもらえるようにがんばって書いていますので、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 実際にコードをお付けになられた、アレンジャーの山本隆二さんにもこう仰っていただいているので恐らく大きなミスはないと思いますが、それでも素人の耳コピですので間違いがありましてもあしからず。

 

(*1) | | は1小節を表しています。

(*2) / は左側がコード、右側がベース音を表しています。

 

 

 

 

(時代の香り ページをめくる~♪)

| C / B♭ | Am | G#dim | C / B♭ |

| C / B♭ | Am  A♭ | C / G  G#dim | Am |

 

 

 いきなりC / B♭!いきなりオンコードを持ってくるセンス!オンコードっていうのは、ベース音に本来のコードの根音(ルート)でないものを持ってくるという技法なのですが、これによりB♭M7(9,11,13)というテンションコードの中を抜いたのと同じ音になるので、浮遊感が生まれるんですね。また「シ♭→ラ→ソ#」と、ベース音が半音ずつ下がってゆく、下降クリシェになっています。終焉を思わせる、どこか物悲しいこの曲にぴったりの進行。「G#dim」は、セカンダリードミナント「E7」の代理です。この「E7」はもうJ ポップのバラードで見ないことはない、ものすごく使い勝手のいいコードです。この曲の調号、ハ長調平行調であるイ短調ドミナントですので、短調の響きを持ってくることができるんです。それゆえの物悲しさ。セカンダリードミナントなんで、つまりはトニックに解決するんです。前述の通り「E7」イ短調(Am)のドミナントですので、本来は「Am」に解決するコードなのですが、ここではどうやら「Am」に解決していません。ここが一番、耳コピしていて迷った部分なのですが、どうやら「C / B♭」に行っているようです。未解決のため、どこか不安定な感じがして、また浮遊感を増幅させています。

 

 後半部分も「シ♭→ラ→ラ♭→ソ→ソ#→ラ」とキレイに半音ずつ下がって、上がっています。ピアノが主体な曲に相応しい美しい流れです。途中で登場するA♭モーダルインターチェンジという技法。M.I.Dとも略されます。カッコイイ名前です。日本語名だと同主短調変換。少し分かりやすくなったのでは?要するに、ハ長調の同主(主音が同じ)短調であるハ短調のダイアトニックコードを借用する、という意味です。ここではパッシングディミニッシュ的に使われています。パッシングディミニッシュの意味は各自ググってね。個人的にモーダルインターチェンジは浮遊感を生むコードだと思います。浮遊感のゴリ押しです。

 

 

(痛むこゝろ 失くしたのは~♪)

| C / B♭ | Am | G#dim | C / B♭ |

| C / B♭ | Am  A♭ | C / G  G | C |

 

 

 ほとんど前述の進行と同じですが、ラストでようやくドミナントが出てきます!これまでが不安定すぎる!ドミナントというのは、お辞儀のときの「ジャーン ジャーン ジャーン」のピアノの「ジャーン」の部分……って「樹木希林の”き” !」くらい分かりにくい説明ですね。2回目の「ジャーン」、つまり礼の部分で鳴っているコードです。ラストはきちんとトニック「C」に解決しています。ここ、バックに合わせてお辞儀できます。

 

 

(空を舞う黒い影に~♪)

| G / F | C / E | G / D | C |

| FM7  G#dim | Am  D7(9) | D♭M7 | G / D |

 

 

 おっとパターンが変わりました。A→A'→BとしたらBの部分です。そしてここでもいきなり「G / F」!もっさんの初っ端ぶち込みオンコードです。まあ、単純にドミナントセブンス「G7」のトップノート「ファ」がベースにきているんですが、これもまた「FM7(9,11,13)」というテンションコードの中を抜いた音と一緒ですので、浮遊感を生みます。浮遊感生みすぎ!!!そしてやっぱり「ファ→ミ→レ→ド」とベース音が半音ずつ下がっています。もうすぐ閉館時間、みたいな焦燥感と寂しさがあります。

 

 後半部分で特筆すべきは「D7(9)」。構成音は「レ、ファ#、ラ、ド、ミ」。次の「D♭」に向かうパッシングディミニッシュ的な使い方です。「D」はハ長調ドミナント「G」のセカンダリードミナント(「D」は特別にドッペルドミナントとも呼ばれます)。そして「D♭」も「G」の裏コードなので、ドミナントの代理として使われます。裏コードというのは五度圏で真裏に存在するコードなので……って言ってもなんのこっちゃですよね。噛み砕いて言うと「D♭7」は「G」の変わりとして使えますよ~ また、変形パターンとして「D♭M7」も使えますよ~ って意味です。最後は「G」で終始しているので、ここはドミナントゴリ押しゾーンですね。コード進行における剛力彩芽ゾーンです。剛力彩芽は太字です。

 

 

(上手になった優しい言葉~♪)

| C / B♭ | Am | G#dim | C / B♭ |

| C / B♭ | Am  A♭ | C / G  G#dim | Am  F#m7-5 |

| C / G | G | C |

 

 

 ラストはまたAパターンです。A"ですね。ここで特筆すべきは「F#m7-5」。「なんや、ややこしそうなコードやなあ」と思うことなかれ。構成音は「ファ#、ラ、ド、ミ」。「あれ~ どっかで見たことある~」と思った方、お目が高い!そうです、「D7(9)」とほとんど同じ。ここでは次のベース音「G」に向かうパッシングディミニッシュ的な使い方ですね。パッシングディミニッシュってめっちゃでてきましたね。ちゃんと説明しておくべきでした。もうここまできたら説明しませんけどね!ラストの進行はまた、お辞儀できます。ハリー・ポッターでの松岡佑子の迷訳、ヴォルデモートの「お辞儀をするのだ!」を思い出しますね。

 

 

 実はこの曲、5分16分あるのですが、歌があるのは2分3秒のここまで。ここから3分間はアウトロです。アウトロ長い!そのアウトロの進行が美しすぎます。こちらです。

 

 

| C / B♭ | Am7 | A♭M7 | C / G  F#m7-5 |

| FM7 | Cm / E♭| D♭M7 | G / D  G | ×6

 

 

 ラストもやっぱり「シ♭→ラ→ラ♭→ソ→ファ#→ファ→ひとつ飛ばしてミ♭→ひとつ飛ばしてレ♭→レ」。「べっぴんさん、べっぴんさん、ひとつ飛ばしてべっぴんさん」みたいな関西人のノリ的ひとつ飛ばしが2か所ありますが、基本的に半音下降クリシェです。ベース音が下がってゆき、壮大なストリングスが高らかに上がってゆく……最後まで浮遊感です。しかも、BPMが徐々に早まってゆくという。ニクいねえ!しかも地味にバックで安藤さんの「ド」のコーラスがいくつも重なっているという。堪りません!ほとんどこれまでに出てきたコードですので説明するところは少ないですが、ひとつあります。「Cm / E♭」です。これもまた「E♭dim7」や「E♭7」で代用可能なパッシングディミニッシュ的な使い方です。ですが、なかなか「Cm」というトニックマイナーは見かけないですねえ。山本隆二さんは安藤裕子さんの「愛の季節」という楽曲でも「D / F#→Dm / F→Em7→Em7 / A→A」(Key=D)という流れでトニックマイナーをお使いになられています。Bメロの「会いたいなあ」の部分と、アウトロの部分です。こうしてベース音を変えて使うと全然違和感なく使えるんですねえ……。勉強になります。

 

 

| C / B♭ | C |

 

 

 そしてラスト。これ前のところにくっつけとけばよかったな。最後地味すぎる……。いや、何でもないです。「C / B♭」でラストオブザ浮遊感を出しつつ、ラストは「C」で気持ちよ~く終わっています。感無量。映画音楽のような余韻です。また1曲目を聴きたくなる絶妙な余韻。

 

 

 と、1曲を深く掘り下げて解説してみましたが、いかかだったでしょうか?解説を読んでから、もう一度曲を聴いてみていただいて「ほう、そうか!」となっていただければ嬉しいです。本当は歌詞の解釈まで書きたかったのですが、それをしていると日付を越えてしまうので今日はここまで。今週中に追記して、告知しますので、またそのときにも目を通していただければ幸いです。明日のLIVE、楽しみだなあ。

最近ハマっている洋楽・邦楽・男性アーティスト

 このブログ、ジャンルを「音楽」に設定したのに、音楽ブログにするつもりだったのに、全然音楽の話してなくね?ってことで今日は音楽記事です。

 

 私が特にフェイバリットとして挙げるアーティストは女性ソロが多い。それにはきちんと理由がある。どうしても男性(ソロでもバンドでも)は作詞作曲だけじゃなく、アレンジから演奏(の一部)まで全部自分でやる、という人が多い気がする。もちろんそれにはそれで良さがあるのだが、アレンジが似通っていて(統一感があるとも言える)どうもアルバムを1枚通して聴くとき、途中で飽きてしまうのだ。女性アーティストは「鼻歌作曲」の人も多く、アレンジャーのパーソナリティが出易い。また、演奏形態にも縛りがないので(バンドだとなかなかそうはいかない)、バンドあり、弾き語りあり、ストリングスもブラスも曲次第、という自由さ。アートワークも重視する性質なので、女性の方がそういう方面にこだわりが強いということも重要である。あとは、歌詞。男性は社会的、というか外に開かれた歌詞、女性は「私」と「あなた」みたいな、内に籠る詞が多い印象で、私はどちらかと言うと後者の詞を好むから、というのも大きい。

 

 と、なぜこんな切り口で記事を始めたと言うと、近頃自分の中で男性アーティストがアツい。ということで、洋邦問わず最近よく聴いている男性アーティストを紹介したい。

 

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