シェリー

 実家の愛犬が昨夜亡くなりました。

 

 23時19分、いちばん懐いていた母親に看取られながら、安らかに。 

 

 シェットランドシープドッグのシェリーという名前でした。

 

 僕が4歳のときに家に来たので、もう17年の付き合いになります。

 

 ひとりで散歩に連れて行ってもいいとされた小学校3年生くらいから、上京するまでの9年間ほど、夕方の散歩は僕が行っていました。

 

 時々思い出して後悔するのは、小学生の頃、もっと走りたかったであろうシェリーの散歩を手短に済ませていたこと。

 

 晩年足腰が弱って走れなくなったシェリーを見ると、少し後ろめたい気持ちになったものです。

 

 それでも、それを補って余りあるほど、シェリーとは毎日の散歩を通して、晴れの日も雨の日も、同じ時間を過ごしていました。

 

 

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 「みんなが眠れなくならないように」という気遣いから、母は明け方に報告してくれていたので、昨晩は何も知らずに就寝。

 

 目覚める前、シェリーが夢の中に出てきました。

 

 いちばんの散歩コースだった桜並木の下をシェリーが思いっきり走る夢。

 

 「後ろ足が弱っているのに大丈夫かな」と不安に思うも、楽しそうに散歩しているので好きなように走らせました。

 

 リードを用いた遊びが僕たちの間ではあったのですが、シェリーからの提案でそれも久しぶりにやりました。

 

 起きてからもしばらくボーッとしてしまうほど、楽しい夢でした。

 

 

 シェリーがそろそろお迎えが来そうな状態であると、数日前から聞いていたので、なんとなく察しながらスマートフォンを開くと、母から連絡が来ていました。

 

 姉は日曜に実家に帰って最後のお別れをしており、僕だけきちんと挨拶ができていないと残念に思っていたところ、わざわざ夢の中まで会いに来てくれました。

 

 

 最期に会いに来てくれてありがとう。

 

 また散歩行こうね、シェリー。

 

 

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2021

無敵だと思える朝と無力だと感じる夜を何度も越えて21歳になりました。

 

 

10代のほんのひととき、死の匂いが身近に漂っていた時期があった身としては成人したときこそ感慨深いものがありましたが、20と21の違いなんて誤差の範疇のような気がします。10代が重い腰を上げて、這々の体で誕生日の壁に向かっていったのに対して、20代は春の野原を駆けまわるような軽やかさでもって4月4日を飛び越えてゆきました。軽やかさ、しなやかさ。人間関係とか、目下の課題とか、今後の人生とかすべて、軽やかに飛び越えて、しなやかに断ち切ってしまいたい。

 

 

よく人から趣味や思考が合うと、こんなに似ている人は初めてだと言われますが、それは私の知識と精神のキャパシティが広いから、合わせてあげているからだよってことに気づかない人が多い。別に普段からこんな驕った考えを持っているわけではないけれど、今は少し疲れているから。人間が多面体であることに気づかない人が多い。性格の明るさ/暗さがひとりの人間に対して極端な方向性でもたらされるなんてあり得ないということが分からない人が多い。明るいか暗いかなんてグラデーションの問題であって、自分をどう見せたいかによってある方向の演出が施されるだけの話でしょう。他人が求めている――であろうと自分が勝手に想定している――自己像に合わせるのに疲れた。私は別にあなたが思うほど明るい人間でも暗い人間でもないし、本心で話していると思わせていることはすべて嘘ですよ。そんなことも分からない人に対して懇切丁寧に向き合うことに疲れた。忌忌しい10代にケリをつけた私はもう根暗とかメンヘラとかいったくだらないカテゴライズに中指を立てたので、激しい愛情のぶつけ合いみたいなのは全くもって必要とせずに、ただただ心地よく品のいい好意の交換がしたいだけなのです。軽やかさ、しなやかさ。何かに導かれるように人生は好転し続けているし、あの日の私が思ってもみなかったような今がここにあるのに、裏表、何もかも間違っていて人生が狂い続けているのではないかという拭い去れない不安が足元で泥濘んでいる。個人としての幸せと、家族としての幸せ、そして社会としての幸せが複雑にもつれ合っていて、何を幸せと定義づけて邁進すべきなのか分からないけれど、20年間なおざりにしてきた自分自身の願望に正直に、この生の落とし前をつけないといけない日が近づいているという強い確信がある。

 

 

「このパーティー、つまんないしふたりで抜け出そうよ」という瞬間の物語的な高揚がすべての恋だった。3日も経てば路傍の石としか思えなくなった。21歳の春は真夜中の都心の大通りのタクシーの隣をそっと通り過ぎてゆく。

メタニッキ

 何もかも馬鹿にしていたんでしょう、と言われて言い返す言葉はございません。

 馬鹿にしていたといってもそれは環境のせいであり、環境すらも馬鹿にしていたのでそもそも、そもそもの話でしょう。斜に構えすぎて不均衡な精神のままありとあらゆる境界をひとっ飛びにぶっ飛ばしてきましたが、駆け抜けてゆくなかで欠け落ちてゆくものもあるわけでして、それを埋めるための1年間の暮らしであり、1年間の私でありました。しかしながらありあわせのものでなんとかしようとしても、なんともならない部分はあって、そういうものをやり過ごすことだけは得意なので、なんとなくなんとなくで生活しております今日この頃でございます。

 馬鹿にするというのは露悪的なシニカルさと合わせ鏡のようでして、他人を馬鹿にするときは畢竟自分に自信がないときであります。馬鹿にする対象がある、あってくださるお陰で自由気ままに夢を見ることができるわけで、確固たる強さでもって馬鹿にできるものがなくなったいま、私は夢を見る力をも失ってしまいました。何もかもに実感がないゆえに広がってゆく虚無感をサブカルチャーで無理やり埋めるという作業が必要だったのですが、何もかもに実感が湧きすぎるこの状況下においてフィクションは意味を失い、かといって前述のように空白を塗りつぶすには似姿では力不足なのです。純然たる、そのものでないといけないわけです。けれども、それを馬鹿にしてきた私には夢を見る力もなくただただ虚しい、という次第であります。

 お気に入りのセーターも着古していると、汚らしい色落ちや成長する身体に合わない窮屈さがうざったくなってきます。もう冬は終わりました。仕方ないので衣替えをしましょうかと脱いでみまして、汚いほつれから少しずつ少しずつほどいてゆきますと、全ての糸にはくたびれた夢の跡があり、愛おしい色褪せがあるわけです。どうしようもなく縺れていた部分からうつくしい糸が顔を出したりもするのです。遠くの昔に忘れていた人が夢に現れたその日に連絡を寄越してくるような共時性を大切にしていかねばならないなあという所存です。

 ああ、落ち込んでいたんだなあと後になって気がつくことばかりですが、ぽつりぽつりと手皺の先を辿ってゆくだけの人生でありまして、また元気を出したらあたたかい布団から足を出していきましょう、というお話でした。二〇十七年四月二十五日

安藤裕子 Live 2016「頂き物」 @中野サンプラザ 05.21(土)

 昨年末の「Premium Live ~Last Eye~」から5ヶ月ぶり、バンドライブでいえば「あなたが寝てる間に」以来1年弱ぶりに安藤裕子のライブが開催された。

 

 

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 シンガーソングライター安藤裕子が人から曲を”頂いた”アルバムである9th Album『頂き物』のツアーである今回のライブ。客演の関係上か大阪と東京の2公演しか開催されず、何とも貴重なライブとなった。上京後初の安藤裕子ライブの会場は、取り壊しの噂を聞いたり聞かなかったりする中野サンプラザ。バンドライブでお馴染みだった渋谷公会堂も改修工事に入ったようで、2~3000人収容程度のちょうどいいキャパの会場がなくなってきているなあと一抹の不安を覚えつつ、開演を待つ。流麗な緞帳と、映画館のように段差のついた客席が何とも”ホール”といった感じ。

 

 

 ジャジーなSEが開演時間の18時を過ぎても流れており、いつ始まるものかと待ち構えていると、なんとSEに合わせてキーボードがコードを鳴らし、客電が急に落ちる。紗幕越しにメンバーの影が大きく膨らみ、山本さんの緩やかなコードの刻みと共に、安藤さんの祭礼のような声が響く。地声とファルセットの転換に独特の裏返り方を持つその声に、一瞬にして舞台に気を惹きつけられる。「月と砂漠 干上がる オアシス 君が化けた あの日の残像」という歌詞が繰り返される。シンバルの高音の劈きと共に砂漠の乾いた土埃が舞い上がるような錯覚を覚えながら、激しいドラムのフィルインと共に、紗幕が上がり、安藤さんが登場。白いゆったりとしたオールインワンの背中に孔雀のような色鮮やかな羽根をつけた衣装。くるりや、Salyu、現在絶賛ツアー中の秦基博など、多数のアーティストのバックを務める敏腕女性ドラマーあらきゆうこさんは今回が初顔あわせ。濃密でまろやかなグルーブを持ちつつも、タイトなリズムキープが軽やかな、味のあるドラマー。1曲目はアルバムと同じく、小谷美紗子さん提供の『Silk Road』。アルバムとは大きく変わる曲の始まり方に、毎度のことながらただのアルバム再現には終わらせないというバンマス山本さんの意気込みを感じる。ライブならではのキーボードのバッキングに痺れ、効果的に挟み込まれる赤い照明に鳥肌を立て、バレエで鍛えられた安藤さんのしなやかな踊りに目を見張り。中間部のリズムが変わる部分は、やはり猛烈にカッコよかった。アウトロに向け、音の塊が勢いを増しつつ、爆発的な熱量でもって曲が終わる。

 

 

 ドラムはそのまま、『ロマンチック』に。「あなたが寝てる間に」の追加公演で演奏されたバージョンと同様のアレンジ。いい意味でチープな浮遊感のあるシンセの音と、安藤さんのかわいらしい歌声が爽やか。2番Aメロのキメが気持ちいい。デイザー動画で既に知っていたとはいえ、大好きな曲なので初めてライブで聴けて嬉しかった。近年になってまたライブで演奏されるようになったのは、シリアスな私小説的歌詞が多かった時期を抜け、初期の軽い歌詞が入り込める余裕ができたからなのかなと思ったり。

 

 

 客席左手がにわかに騒がしいなと思うと、なんと「DJみそしるとMCごはん」のおみそはんが。笑顔で、手を振りながら会場内を走り回る、走り回る。これには思わずシャイな安藤裕子ファンも総立ち。1階をひと回りしたところで、舞台上に上がると既に、カッティングギターと都会的なシンセ、タイトなリズム隊のイントロに「I Want You」の言葉。なんと3曲目は松本隆トリビュートアルバム「風街であひませう」収録の『ないものねだりのI Want You』。確かアレンジは前回「あなたが寝てる間に」のベースを務められていた鈴木正人さんで、今回のベースの沖山さんは「風街」の中ではYUKIの『卒業』のアレンジをされていたんじゃなかったかなあ、なんて考えながら、自然と体が揺れる、揺れる。最初のラップパートはおみそはんの面目躍如。2番のラップは安藤さんが歌われていた。なんといっても、間奏を制圧する高周波のキリッとしたシンセソロが堪らなかった!

 

 

 演奏が終わり、いつものゆるゆるMCタイム。「頂き物フェスティボー」という安藤さんの言葉に「フェスティボー」と繰り返すかわいらしいおみそはん。前回の大阪公演ではそのまま次の曲に進んだせいで、安藤さんの息が絶え絶えだったよう。そのため、今回は自ら名乗り出たおみそはんがMCを担当。「安藤さんと霜降紅白歌合戦という曲を歌ったお陰で、去年は一緒にたくさんのお肉を食べさせてもらいました。羨ましいでしょ?おまけに中野サンプラザというこんなに大きなステージにも立たせてもらって」「安藤裕子ねえやん!今、初めてねえやんとお呼びしたんですが。心の壁を更に打ち破ろうと」。安藤さんが「舞台上では親友だ!」なんて言いながら、肩を組む「本当は人見知り」な2人。「大阪では息が上がっちゃって、ぜえぜえ言いながら歌いはじめたので、おみそが”私が喋ります”、と」「なにせこの曲、言葉が詰まってるから」という安藤さんに「ぎゅうぎゅう」なんてダブルミーニング的セリフをおみそはんが言いつつ、『霜降紅白歌合戦』へ。

 

 

 印象的なピアノリフは同期するのかなと思っていると、なんと今回が初顔合わせである元・チュールの酒井由里絵さんが人力で再現されていた。安藤さんと声の相性がいいコーラスで歌を膨らませつつ、結構がっつりとキーボードを弾く酒井さん。安藤さんの楽曲はピアノにオルガン、ストリングス、ブラスなど、キーボードの負担の大きい楽曲が多いので、キーボードが2人になってバンドサウンドに厚みが増していたのが、ピアノ弾きとして個人的に嬉しかった。赤身役の安藤さんと、脂身役のおみそはんが、お互いになじり合う歌詞に合わせて”ふり”をつけたり、舞台上でちょっかいを出し合ったりしているのを見ると思わず頬が緩む。曲の途中で手を振りながら舞台袖に戻るおみそはん。アウトロでは、安藤さんがフェイクに乗せて「グッバイおみそ~」と別れを惜しんでいた。

 

 

 「もう既に疲れた。あと1、2、3…16曲!」と曲数のネタバレをする安藤さん。キーボードがもう1台出てきたり、譜面台が2つ用意されたり、何やら準備がはじまる舞台上。なんとか準備中MCをしようとするも、「あれ、場が繋げない……」と会場を笑わせる。「もっと喋り上手な人がMCをしてくれたら……ちょっとそこのカメラマンの2人、こっちに来てくれる?」と呼びかけ、客席前方左右にいるカメラマンにスポットライトが当たるとなんとスキマスイッチのおふたりが!思わず叫び声が上がる客席。

 

 

 「色々任せちゃってごめんなさいね、なにせうち貧乏所帯なんで」と安藤さん。大橋さんは「全然違和感ないでしょ?」「帽子被りながらカメラ回す人はいないだろうし、シンタくんはまだ違和感あるけど、僕なんて本当に気づかないでしょ」と自虐。大橋さんが赤いシャツ、シンタくんが赤いセットアップを着用されていたので、「おふたりとも赤が素敵!クリスマス?」と安藤さん。「もうすぐクリスマスですからね、意識しました」。と自然とコントが続く。

 

 

 「今回の”頂き物”という企画をはじめるにあたって、最初にお願いしたのがスキマ」「スキマスイッチの代表曲のような曲をお願いした。私も楽曲提供するときは、提供相手に合わせて曲作りをするのでやりにくい依頼だろうなあ、と(笑)」と『360°サラウンド』の楽曲説明が続く。「僕が”こんな感じですよ”って歌った通りに一言一句そのまま歌ってくれて感動した」と大橋さん。「大橋さんの声には独特のグルーブ感があって、”頂き物”の中でも誰が作ったか分かりやすい曲ナンバー1だと思う。むしろモノマネにならないようにするのが大変だった。歌い続けていると最近は自分の癖が出てきちゃいましたけど(笑)」と安藤さん。

 

 

 「音楽面でもスキマの癖があって、もっさん(山本隆二さん)はコードを変えるに変えづらかったようで」「スキマらしいコードで、でももっさんも”山本!”って刻みたいコードもあるだろうし」と安藤さん。「”ここは山本さんお願いします”って楽譜に書いて渡した部分もありますよ」とシンタくん。「あのPVもすごいですよね、皆さんやりました?」という大橋さんに「スマホが壊れていて、私やっていない……」と安藤さん。「スマホ画面にギリギリまで顔を近づけてやりましたよ」とシンタくん。「それじゃあ、喋ったからには」と『360°サラウンド』がシンタくんのピアノではじまる。個人的な話になるが、私が使用しているキーボードがシンタくんと同じタイプのもので嬉しかった。

 

 

 最初のサビは大橋さんはオク下で。ふたりのボーカリストの声の重なり方がなんとも贅沢。Aメロは大橋さんが原キーで。あの熱を帯びたソウルフルなハイトーンボイスが会場内に響き渡る。メインでキーボードパートを担当するシンタくんと、更に厚みを加える山本さん、ストリングスパートを弾く酒井さんの3人のキーボードが豪華。あらきさんのただの4つ打ちに留まらないドラムが高揚感を煽り、自然と手拍子が起こる。安藤さんと大橋さんの、メインを担当する部分、コーラスを担当する部分の振り分け方が完璧で、何だかこの舞台で『360°サラウンド』という曲が完成したような感じがした。

 

 

 アウトロで安藤さんが大橋さんに耳打ちをしていたのだが、どうやら「2人もボーカルがいるのに、間奏は手持ち無沙汰になる」という話だったよう。「大阪も来てた方もいるんじゃないですか?」という大橋さんに、「あの人来てましたよ」と客席の男性を指差す安藤さん、驚いてしゃがむ男性。「それ怖いですね!あの人と、あの人と、あの人は来てたみたいな」と大橋さん。「視力がよくて、2.0あるんですよ。見えすぎちゃって、怖くて。ライトがつくとみんながこっちを見るので、”見ないで”って目をそらしたり、目を閉じたり」という安藤さんに対して、「そういう仕事です」とシンタくんの冷静な突っ込み。「でももしここに1人か2人しかいなかったらそれはそれで怖いでしょ?」という大橋さんに、「それは怖い!皆さん来てくださってありがとうございます」と安藤さん。

 

 

 「話変わるけど、豆電球がないと眠れなくて」とライトの話繋がりでいきなり大橋さんが話をぶち込む。「うちの子と一緒!」と安藤さん。「ホテルなんかで真っ暗で寝ると、トイレ行ったときなんかに足の指をぶつけて、朝起きたら血だらけに」と”真っ暗の危険性”を論じるシンタくん。何かの話で「どうですか?裸足のピアノマンは」と靴を脱いでいたシンタくんをいじる安藤さんに、「前の人しか見えないですから」と言いながらちゃんと足をあげて、素足を見せてくれる優しいシンタくん。緩い掛け合いに笑っていると、曲への前振りがはじまる。「この曲がやりたくて」と大橋さんは前から言ってたいたよう。「タイトルが素晴らしくて」「それじゃあ、安藤さんよろしくお願いします」と言って、安藤さんが口にしたタイトルはなんと『世界をかえるつもりはない』。

 

 

 原キーで歌う大橋さんに合わせて、少しキーが下げられた、「あなたが寝てる間に」収録のバンドバージョンの『世界をかえるつもりはない』。余白までも音楽に変える、耳にまとわりつくグルーブを生むあらきさんのドラム、印象的なフレーズを聴かせてくれる沖山さんのベース。安定感のあるリズム隊の元で、山本さんとシンタくんの鍵盤が自由に踊りまわり、2人の稀有なボーカリストが互いに呼応するように熱量を増してゆく様は圧巻だった。「あいしてます」と囁く部分を、大橋さんがオク下でハスキーに歌われていたのが、また何とも味わい深かった。安藤さんの天女の声のようなファルセットに、地響きのような大橋さんの唸りが絡みつくアウトロのフェイクには鳥肌が。序盤にして圧倒的なステージを見せつけ、最後は安藤さんがスキマスイッチのおふたりの肩を抱いて、お別れ。

 

 

 また新しくステージ上で準備がはじまると、いつの間にか何やら見慣れない姿がボソボソと口を開いている。安藤さんに「マイクを通して喋りなさい」と言われたその人は、銀杏BOYZ峯田和伸さんだった。「この間も言いましたけど、汗に濡れてると、その、またいいですね」と変態的な発言を浴びせる峯田さんに、「いいだろ、峯田!」とあっけらかんとした安藤さん。「珍しくちゃんと服着てるね」と言う安藤さんに「いつも着てますよ!」と峯田さん。どうやら「短パンにランニングみたいなイメージ」だったため、「ちゃんとシャツを着てる」のが珍しいようで。「家近いから!」といまいちよく分からない理由を返答し、さらりと家バレをする峯田さん。「湾岸辺りまで行くとそれだけで疲れちゃうから、やっぱ歩いてこられる距離はいいね」と、そこから中野サンプラザトークが続き、「家から近い、この素敵なホールで安藤さんとやれて嬉しいです」と締めくくる。

 

 

 「この上にホテルがあるんですよ」「今出てるドラマ――ちょうど今日やる『骨』を主題歌で歌ってるんですけど――家だと誘惑が多くてセリフ覚えられなくて」「家の近くにホテルがないか探してたら、サンプラザの上がホテルで。和室があって、そこだとするする覚えられるんですよ」と意外な事実を教えてくれる峯田さんに「番宣だ、番宣!」「ちょっと待って、撮影場所に近いとかならまだ分かるけど、なんで家の近所でわざわざホテルに!?」と茶々を入れる安藤さん。どうやら中野周辺でもドラマ撮影をやっていたそうで。何かの発言に対して、「ですよね山本さん!」といきなりキーボードの山本さんに話を振るも、「マイクないから」と安藤さんに一蹴される峯田さん。そんなこんなで、峯田さん主演で金田一風MVも制作された『』へ。

 

 

 峯田さんのアコギに乗せ、安藤さんの緩急織り交ぜた伸びやかな声が響き渡る。重たいバンドサウンドが続いていた中、アコギ一本で安藤さんの声を聴くと、ボーカリストとしての底力をひしひしと感じる。アコースティックライブをまたやってくれないかなあなんて思っていると、終演後発表されましたね。楽しみです。それはさておき。峯田さんもまたすごい!生の歌声をお聞きしたのは初めてだったのですが、腹の底から湧き出てくるどうしようもない感情を声に変換したかのようななんともガッツのある、まさに”骨”のような歌声。「東京タワーのてっぺんから、三軒茶屋までダイブするー。」の後の峯田さんの「BABY、来たぞ!」という叫びを今夜は「来たぞ、サンプラザ!」と歌われていた。演奏後、峯田さんは「自分で弾いて自分で歌うのもいいけど、やっぱりこうバックで演奏してもらって、コーラスやるのもいいな」としみじみと仰られていた。

 

 

 「安藤さんの声をちょうど10年位前にCMで聴いたとき。多分大昔の人が音楽を楽譜に残すようになったとき、元々声を震わして歌っていたところを、そう歌ってもらうために、何か記号を書いたりして……それが後々”ここはファルセットで歌う”っていう風になっていったと思うんですけど、安藤さんの声はその”元々”の感じがした。ファルセットで歌おうと思って声が震えるんじゃなくて、自然とそうなる。そういう揺らぎも、覚悟も、自分の弱さも、舞台だったらありのままで晒していいと、そういうところに、いちアーティストして尊敬を覚えます」と訥々と真摯に思いの丈を吐露し出した峯田さん。「大阪ではふざけすぎちゃったから、真面目にね」「こういう場でないと言えないから。飲み会だとふざけちゃうし」と。ちょっとしんみりしていると、「そうだ、近いんだから峯田家で打ち上げしたら?」という安藤さんのお誘いを「それは無理です。本当に人を呼べる状態じゃないので」とあっさり断られていた。

 

 

 設楽さんのアコギをバックに、峯田さんががなり声を上げる……と、よく歌詞を聴いてみると、「撫でて優しく」という言葉が。なんと『のうぜんかつら (リプライズ)』を原キーで歌われていた。「のうぜんかつらの歌のように」のキーが高い部分は、平坦に歌われていたけれど、それもまた味があって。峯田さんの歌声は叫びだな、と思った。決して小手先の技術とか声量とかじゃなくて、自然と内側から溢れ出る叫び。感情の発露。そしてそのスタイルが安藤さんと近しく、だから峯田さんは安藤さんに惹かれるんだろうなあと、2人の魂のボーカリストが通じ合う所以を探りながら、また生まれ変わった定番の『のうぜんかつら』を何とも新しい気持ちで聴いていた。安藤さんのおばあさんが亡き旦那さんに向けて書かれた散文詩が元になった『のうぜんかつら』。今回峯田さんとデュエットされることで、おじいさんの視点も加わったというか。今回の『のうぜんかつら』はむしろ、おじいさんが置いて行った妻に向けて歌っているようなイメージだった。

 

 

 峯田さんもいつの間にか去り、「みんないなくなっちゃったね」という言葉通り――もちろんバンドメンバーはいるけれど――舞台上は安藤さん1人に。「今回は”頂き物”というアルバムのツアーなので、アルバムの曲が中心にはなるけれど、自分の曲、懐かしい曲も歌おうと思います」といつものバンドライブがまた新たにはじまる。

 

 

 歪んだオルガンの荘厳な響きに合わせて、低音が効いた安藤さんの声が響き渡る。2012年の夏フェス以来だろうか、久しぶりに演奏された『輝かしき日々』だった。個人的な話になって申し訳ないですが、初めて自分で買ったCDがシングル『輝かしき日々』。地元の最寄りのTSUTAYAまで、冬の風が冷たい田舎道を自転車で30分駆け抜け、手をかじかませながらこっそり買いに行ったことをふと思い出した。J-POPのCDを買うのを親に知られるのが何だか恥ずかしくて。中学3年生のゴールデンウィーク、初めて行った安藤さんのライブ「勘違い」での1曲目もこの曲だったなあ。東京公演の最後、安藤さんが歌えなくなってしまったのを知っていたので心配しながらの初ライブ。イントロが激しいバンドサウンドで1分ほど演奏される中、安藤さんが途中で登場し、歌い出した瞬間、2階席だったけれど、安藤さんの生の歌声を聴いているということに猛烈に感動した。「中学生が1人でライブなんて」と両親が大阪までついてきたんだった――なんて過去を思い出しながら、今、志望校に合格し、東京で安藤さんのライブに来ている事実を考えると何だか不思議な気分になった。つい最近ファンになったような気がしていたのに、気がつけばもう7年も安藤さんの歌をずっと聴いているんだ。何だか自然と涙が溢れ出て、暴力的に幸せを歌う曲なのに、視界を歪ませていた。アウトロの「あなたを連れ去りたい」のフェイク、「秋の大演奏会」のバージョンでも同じフェイクをされていたが、微妙な音程の揺らぎが堪らなく好き。ラストはシャウトもしながら、設楽さんによるエレキギターディストーションと共に、爆発的な多幸感でもって曲が閉じた。

 

 

 続くのは、ソリッドなドラムに激情的なピアノが乗る、sébuhirokoさん作詞作曲の『溢れているよ』。Aメロは安藤さんお得意のファルセットでか細く、サビは近年すっかりモノにされたチェストボイスでたくましく。さすが、多数の作品で劇伴を務められている世武さんだけあって、安藤さんの声質を活かした巧みな曲。アウトロでの、安藤さんの声を掻き消すほどに荒れ狂う、歌詞に呼応する”溢れそうな”エモーショナルなピアノが胸を打った。ファンタジーの世界へと誘うリバーブの効いたキーボードのイントロ。「Encyclopedia.」ぶりではないだろうか、久しぶりの『再生』が続く。言葉が気持ちよく詰まったAメロから、謎の呪文を呟く幽玄なコーラスの混ざり合い、そしてサビ前の絶唱、密やかな熱を感じるサビ。巧みなコードづかいの、ラストの壮大な広がりに視界が広がるような感覚を受けながら、楽曲の深度を増してゆき『海原の月』へ。安藤さんのライブで歌われる回数が最も多い曲ではないだろうか。別れを歌うようでもあり、また新たな出会いを歌うようでもあり。悲恋なのか、愛の絶頂なのか分からない微妙なニュアンスの歌詞。青い青い照明と、叙情的な歌声の清冽さに胸を現われ、最後の”頂き物”へ。

 

 

 真っ赤なワンピースに身を包んだCharaさんが静かに登場。Charaファンでもある私は思わず溜息が漏れる。なんて贅沢なコラボだろう。作詞作曲だけでなく、サウンドプロデュースまでCharaが務めた『やさしいだけじゃ聴こえない』が朴訥としたピアノに乗せ、しっとりとはじまる。初期の頃はCharaの影響も垣間見えるファルセットが特徴的だったが、次第に唯一無二のボーカリストに成長され、近年ではボイトレの鍛錬の賜物でもある力強い低音が印象的な安藤さん。歌詞に肉薄する類稀な表現力で、Charaらしさも残しながらも難しいこの曲を自分のものにされていた。そこに重ねられるCharaの渋みと輝きを増したあのハスキーなウィスパーボイスが絶妙で。祈るように歌われる最後の「虹を誓った」という歌詞に合わせて、虹色の照明が神々しく降り注いでいた。

 

 

 元々歌手なんて考えもしなかった安藤さん。映画の道を志す過程で受けたオーディションで歌った楽曲がCharaさんの『Break These Chain』。その歌声を「君はそのままでいい」と故・小池聰行氏に褒められ、作り手として音楽業界に飛び込み、十数年を越えた。紆余曲折を経てデビューし、初めて所属した事務所がなんとCharaさんと一緒。まさに運命を決定した恩師とも言えるCharaさんと同じステージに立てた感慨で涙でいっぱいの安藤さんに、Charaさんも思わず「もらい泣きしちゃうじゃん」と目に光るものを。「曲を作るのは好きで、ずっと止めどなく作っていたんだけど、ふと曲が書けなくなって」「今までは”曲できたよ”って言って制作を急かしていたくらいのに、いつの間にか締め切りに追われる自分がいて」「そうしてはじまったのがこの”頂き物”という企画だったんですが、音楽を志すようになったきっかけである大先輩であるCharaさんと同じ舞台に立てて、本当に幸せです」と思いの丈を口にする安藤さん。

 

 

 「もしかしてやってくれるのではないか、でもコラボ曲は安藤さんの曲のようだし……」と思っていると、大好きなピアノのイントロを山本さんが奏ではじめる。なんと、Charaの『Break These Chain』のカバーだった。Chara自身も二度もセルフカバーしているほど、お気に入りのこの楽曲。安藤さんのボーカルの静と動を行き来するボーカルがこの曲にぴったりで、小池聰行氏が特別賞を与えた在りし日が目に浮かぶようだった。情熱的に声を張り上げる安藤さんに負けじとCharaさんが確固たる世界観でもってぶつかり合う、見る方も全力で対峙しないと置いて行かれそうな渾身のステージだった。

 

 

 「2人でラジオとかやりたいね」というCharaさんの言葉に夢が広がりながら、最後まで先輩らしく飄々とCharaさんが舞台を後にし、「私ばかり、ありがとうございます」と共演者、競演者への感謝を口にし、また曲が続いてゆく。親友の大塚愛さんから提供された『Touch me when the world ends』は、徐々に加わる楽器陣の膨らみが圧巻。間奏のストリングスセクションが好きなので、酒井さんが華麗に再現してくれて嬉しかった。元キリンジ堀込泰行さん作曲の『夢告げで人』では、アンニュイで妖艶な歌声が耳に心地よかった。昨年末のツアータイトルにもなった凛として時雨のTK作曲『Last Eye』では、収録されたバージョンにはないドラムの音も相まって、ライブならではのダイナミクスが骨の髄まで響いた。安藤さんの楽曲はエンジニアの方々の尽力の賜物で、均一で味気ないMP3プレイヤー向きのMIXでなく、臨場感のあるダイナミクスの大きいMIXがされているので、やっぱりライブで聴くのがいちばんだと再認識した。ラストはお馴染みの真っ赤な照明の元で『聖者の行進』。最もドラマーの個性が出るこの楽曲。あらきさんのドラムはオリジナルの矢部さんに近しいものを感じた。これだけ凄まじいステージを続け、どうしてその力が出せるのかと疑問に感じる程、しなやかな体から繰り出される咆哮のような歌声と、バンドサウンドの爆発的な行進に魂を持って行かれて、本編が終わった。

 

 

 アンコール明けを飾るのはアルバムの最後を飾る、今作で唯一の安藤裕子さん作詞作曲『アメリカンリバー』。電車という地上に根ざした日常と、遥か彼方の空という鳥瞰的な視点、安藤裕子の詞の根底を常に流れる”独り”と、それでも出会いを繰り返すたくさんの”あなた”。「私は生きている 時代を生きていく 私は大丈夫 あなたも大丈夫よ」という歌詞が全てだなと思う。シルクロードを旅し、食の喜びを謳歌し、夏の朝の空気の中、骨までしゃぶりたい程の愛を歌い、時には胸をいっぱいにしながら、虹を誓い、予感だけを煽られながら、たくさんの時代が生まれて消えるけど、それでもこの時代を生きていくのだ。私に、会場中の人々に、今日を、この時代を生き抜いていく力を確かに与える、とてつもない強さで「あなたも大丈夫よ」と歌い上げ、力が突如抜けたように膝から崩れ落ちた姿はあまりにも尊かった。

 

 

 最後は全員が再登場。「普通、アンコールの手拍子ってちょっとずつ途切れて、また誰かからはじまるのに、安藤裕子さんのファンはずっと途切れずに、心を合わせて手拍子をして、安藤さんを待っているのが分かって、とても素敵だなあと思いました」とちょっとずつ紡がれるおみそはんの言葉に、何だか会場中のファンの皆さんが愛おしくなった。「まさに全身で歌うっていう感じで」という大橋さんの安藤さんの歌う姿の形容に、「私もちょっと影響されて」とCharaさん。それぞれが安藤さんへの思いを口にする。「ゲストの方々がそれぞれ持つ熱量がすごくて、リハーサルでも同じレベルで。自分1人のライブだと無意識でペース配分を考えているんだろうけど、全力で立ち向かわないと負けちゃうので常に力を振り絞らなきゃいけなくて」と安藤さん。「思い出した!俺が中学生のとき好きだった初恋の女の子の名前が”あらかわゆうこ”!」という峯田さんの発言にあらきさんと安藤さんが顔を見合わせつつ、「じゃあ歌いますか」という安藤さんの一言から最後は『問うてる』を全員で。山本さんによるイントロも心なしかいつもより重みが違うような。なんとシンタくんまで含むゲスト全員がそれぞれソロパートを担当し、サビは安藤さんを中心になんとも贅沢なハーモニーを響かせていた。自分のパートでなくても口パクをするCharaさん。笑顔でいっぱいのおみそはん。ラストのシンガロングの最中、なんと大塚愛さんが舞台袖から花束を持って登場!気づかない安藤さんの裏で、Charaさんと肩を組んだり、スキマスイッチのおふたりと喋ったり。途中で気づいた安藤さんが本気でびっくりされていたので、完全なサプライズ。安藤さんにマイクを向けられ、シンガロングを担当し、なんと大塚愛さんのお声まで聴くことができた。大塚愛さんも含め、最後はみんなで手を繋ぎ、もう二度と見ることはできないであろう3時間に及ぶ夢のような祭りが終わった。

 

 

 今回の”頂き物”を受けて、安藤さんがこれからどんなお返しをしていくのか、ファンとして楽しみでならない。

 

 

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「セットリスト」

 

 

01.Silk Road
02.ロマンチック
03.ないものねだりのI Want YouC-C-B カバー/w:DJみそしるとMCごはん
04.霜降紅白歌合戦(w:DJみそしるとMCごはん
05.360°(ぜんほうい)サラウンド(w:スキマスイッチ
06.世界をかえるつもりはない(w:スキマスイッチ
07.骨(w:峯田和伸
08.のうぜんかつら(リプライズ)(w:峯田和伸
09.輝かしき日々
10.溢れているよ
11.再生
12.海原の月
13.やさしいだけじゃ聴こえない(w:Chara
14.Break These Chain(Chara カバー/ w:Chara
15.Touch me when the world ends
16.夢告げで人
17.Last Eye
18.聖者の行進


(アンコール)
19.アメリカンリバー
20.問うてる(w:ALLゲスト)

 

 

Key.山本隆二

Gt.設楽博臣

Ba.沖山優司

Dr.あらきゆうこ

Key&Cho.酒井由里絵

 

 

 

矢野顕子 40th Anniversary ❝ふたりでジャンボリー❞ ゲスト:大貫妙子 @東京グローブ座 04.03(日)

 4月3日『矢野顕子 40th Anniversary ❝ふたりでジャンボリー❞ ゲスト:大貫妙子』に行ってきた。

 

 

 矢野顕子がレコードデビューをしてから40周年ということで、企画された今回のライブ。3月28日から今日4月3日までの間に五夜開催され、1日目から石川さゆり清水ミチコ奥田民生、森山良子、大貫妙子と豪華なゲストが出演。兵庫に住んでいた私も大学入学に向けて3月26日に上京を終え、4月1日の大学の入学式に合わせてかねてから矢野顕子大貫妙子両氏の大ファンである母親も東京に来ることが分かっていたため、少しでも親孝行になればと思いチケットを取った。

 

 

 会場は東京グローブ座シェイクスピアが活躍した時代の舞台を真似た円形劇場で、ステージと客席の距離が非常に近い。ちょうど1階後方左側の、2席が独立した場所が座席だったため、ゆったりと座ることができた。充分演者を視認できる距離。日曜開催ということもあってか、かなり早い5時開演。ほぼ開演時間定刻に、薄く水色がかかったレースの襞に黄緑色の飾りがついたセンスのいいドレスに身にまとった矢野さん登場。

 

 

 ピアノの1音が鳴らされた瞬間、矢野さんのステージが始まり、場を圧倒する存在感に思わず鳥肌が立つ。なんて楽しそうにピアノを弾く人なんだろう!御年62歳だというのに、体の全てがピアノを弾く喜びに弾けながら歌うその姿は、”天才少女”と形容された時代から、全く変わっていないのだろう。途中のMCで「2026年は50周年なので、それまでよろしくお願いします」なんて言って笑いを誘っていたが、本当に70歳になっても80歳になっても、いつまでも矢野さんは天才少女なんだろうなあと思うと、その表現者としての純粋性に感銘を受けずには居られなかった。ひとつ気づいたのは、普通ピアノ弾き語りだと、客席の横を向くしかないのだが、矢野さんは体を大きく客席に向けて、こちらに顔を見せながら歌ってくれる。そこが演者と客席の近さを生む大きな要因なのだと感じた。1曲目の『そりゃムリだ』。喋り声そのままで多様な表情を見せながら呟かれる「そりゃムリだ」の後、最後に歌われる「愛することだけはやめられないんです」という言葉が印象的だった。

 

 

 2曲目は初めて聴いた『中央線』という曲。どうやらTHE BOOMのカバーらしいが、もはや矢野さんの曲だった。短いながらも詩的で、深みのある歌詞。矢野さんのピアノと歌声に乗せられると、とても切なく感じられ、胸に響いた。3曲目は、大好きな曲『ISE-TAN-TAN』。母親がファンなので、幼少期から何となく聴いていたものの、自発的にファンになったのは2013年発売のアルバム『飛ばしていくよ』から。そのアルバムの中でも特に好きな曲の演奏だったので、心がざわめいた。両親への気持ちを歌う少女の「お金があっても無くても 買ってあげたい人がいる」。恋人への思いを歌う女性の「わたしのこと ずっと 見てくれたんだね あなた」。矢野さんの歌声で歌われると、何だかどうしようもなく胸がいっぱいになって涙が止まらなかった。矢野さんは台詞のような部分の歌詞をかなり自由に、語尾や口調を変えて歌われていて、とても自然で。40年も、表現者としてピアノと歌と生きてきた者の底力というか、圧倒的力強さというか。「ISE-TAN-TAN」と歌う部分はもはやCDとは別物。さすがジャズ畑出身で、決して同じ演奏を二度しない矢野顕子の真髄を見た。

 

youtu.be

 

 伊勢丹従業員の伊勢丹愛に溢れたPVもとても素敵なのでぜひ見てみてください。

 

 

 「昔、糸井重里のほぼ日に”矢野顕子をほめる”という企画があって、色んな人に褒めてもらいました。”あの曲いいよね”とか”こういうところが好きだよね”とか言ってもらって、そりゃあ本人は良い気持ちで。で、お返しがしたいと思って書いた曲で、当時は断片だったものをまとめました」と言って歌われたのは新曲『ほめられた』。なんて素直なタイトル!客席からも思わず笑いがこぼれる。シンプルな言葉づかいで、率直に思いを表現する歌詞。歌詞単体で見たらなんてことない言葉の羅列も、矢野さんの表情豊かな顔と、表情豊かなピアノ、純真さを体現するような歌声に乗せられると、その意味がただただ輝きだす。思わずこっちまで嬉しくなってくる。

 

 

 何だかどこかで聴いた曲だなあと思いながら記憶を探っていると、大貫妙子の『突然の贈りもの』だと気づいた、5曲目。2曲目でも感じたが、曲の持つ感情を引き出すことにかけて矢野さんの右に出るものはいない、と再確認。今回のライブに当たって、大貫妙子に向けた矢野顕子の言葉は「わたしは大貫妙子さんのことを、曲一つで映画一本作り上げる女、と勝手に命名した」だったが、まさにその通りの物語性のある詞を堪能し、映画を観終わったような感覚に包まれた。

 

 

 「随分昔の曲で何度も歌っているから、もう矢野さんのものにしていい」なんて言いながら大貫妙子、登場。黒く縁取られた白いレースの仕立てのいいワンピースで、胸元には白い花のブローチが美しく鎮座。矢野さんとはまた別のベクトルでかわいらしい大貫さん。とても63歳には思えない。前述の話を矢野さんと繰り広げる中、矢野さんのカバーによる『突然の贈りもの』を「相変わらず変なところで繰り返すなあと思った」という大貫さんの言葉に場内爆笑。「大貫さんの中でも代表曲とされている曲だけど、やっぱり歌詞に難しい言葉がなくて、シンプルだからかも」と矢野さん。そこに目が向くあたり、確かに矢野さんの歌詞は”生”の言葉が多いような気がする。

 

 

 そのまま楽曲の話へ。「1曲1曲に人格みたいなものがあって、ちょっとずつ距離を縮めていく。次はこの曲、その次はこの曲、みたいにとっかえひっかえすることはできない」と矢野さん。大貫さんの「矢野さんもそうだけど、私も曲が多くて、ライブでは一部の曲しかできない。埋もれているものもあって」という言葉に対する「いらないものがあったらください!トラックで引き取りに行きます」という先の話は何だったんだというような矢野さんの言葉に笑った。

 

 

 山弦の『GION』という曲に、大貫さんが歌詞をつけたという『あなたを思うと』という曲を、贅沢にも大貫さんと矢野さんのデュエットで。「でももう自分の曲みたいなもんでしょ?」という矢野さんの言葉に、「あなたもそういうの多いでしょ」と大貫さん。その後、「今じゃもっと図々しいかも」「もっと謙虚にならなきゃ」と言って笑いながら歌われたのは大貫妙子さんの『横顔』という、恋する乙女の健気な心情が歌われる曲。

 

 

 89歳にして現役の歌手トニー・ベネットの話をしてから、トニー・ベネットの『The Playground』のカバーに。この曲は大貫さんのソロで歌われ、矢野さんは伴奏に徹していた。幼少期の思い出を訥々と綴る歌詞から、お互いの幼少期の「Playground」を話し合う。矢野さんは青森出身というだけあって、家から学校までスキーで登校した話などをされていた。大貫さんの昭和20年頃、杉並区は一面レンゲ畑が残っていて、ザリガニ捕りをしていたという言葉にびっくり。「昔に戻りたいと思っても、もう当時住んでいた町には面影がない」「東京には故郷がない」という言葉に、兵庫の田舎から上京したばかりの私は色々と考えさせられた。また、大貫さんの「友だちがいなかった、レース編みやクロスステッチが友だちみたいなものだった」という話に矢野さんが何故かと問いかけると「協調性がないからかな」と大貫さん。「あなたもそうでしょう?」という発言には笑った。

 


 続いて『虹』という大貫さんの楽曲をデュエット。「大貫さんの歌詞は日本語が美しい」という話から、歌詞の話に。大貫さんがカバーしたいと思う基準はやはり”歌詞”らしい。「”てにをは”だけでも変わる」と大貫さん。例えば「語尾が”だぜ”だったとして、女の人は”だぜ”なんて基本的に言わないでしょう。だから”だわよ”とかに勝手に変えちゃう」「私はもう好き勝手やってますよ」という矢野さん。

 

 

 「検閲…検閲じゃないか(笑)、そんなに歌詞を変えて色々と大丈夫なの?」という大貫さんに、矢野さんは「分からないけど、何か言われたことはない」「小田和正さんには”随分好きにやっているようだね”と飽きれながら言われたけど(笑)」。そして「”矢野さんなら”ってなりそうだもんね」と大貫さん。

 


矢野さんは歌詞に共感できないと「私はそんなこと思わないけどなあ」と思って歌えないと、例え話に「よく”嘘でもいいから愛してるって言って”みたいな歌詞があるけど、嘘じゃ嫌よ」と挙げながら話す矢野さん。「私は歌詞が気に入らないと、言葉を変えるとかよりも、自分で作った方が早いと思う、と大貫さん」。「最近の人は鼻濁音(鼻に抜けて発音されるカ行濁音)が出せない」という話になったときに、昔あえて「私”が”」と歌ったところ、「そこは、私”ンが”よ」と言われたことを思い出した大貫さん。

 

 

 先程の「曲に人格がある」「共感できないと歌えない」という話、また歌詞に並々ならぬ思いがあることが分かり、だからこそ矢野さんも大貫さんもかなり特徴がある、癖がある声質なのにちゃんと言葉が耳に届き、情景が頭に思い浮かび、ただの歌詞よりも胸に響くのだろうなあと思った。当たり前のことだが、本人の気持ちが入っているのだ。だからカバーに重みがある。そこが大きいのだろう。

 

 

 という話の中で、「この年になると歌えるかなと思った」と言い大貫さんがひとりで歌った『聞かせてよ、愛の言葉を』という有名なシャンソンの楽曲の中で、「聞かせてよ (中略) その言葉「愛す」と (中略) たとえウソでも良い」という歌詞があったのには笑った。矢野さんも意図したわけではなかったらしいが、大貫さんは少しビクッとしていたらしい。「でも10代の女の子が言うのと、60代の女性が言うのとでは、また言葉の意味も変わってくるでしょう」と大貫さん。年齢と共に歌える曲が変わってくる、というのは何とも面白いなと思った。曲もまた、老いてゆき、深みが増してくるのだ。

 

 

 本編最後に歌われたのは矢野さんの大名曲『ひとつだけ』。母が大好きな曲だと知っていたので、涙が止まらなかった。ライブの途中で、大貫さんがお米を作られているという話から、田植えの話が続き、大貫さんは「田植えのモードになっちゃって、歌手のモードに戻すのが大変」と仰っていた。対して、矢野顕子はMC中にも気がつけば即興でピアノを弾いていて、話し声と歌声の境界もほとんどない。”歌”と”日常生活”に区別がなく、矢野さんの日常そのものが歌なのだと、改めて思わざるにはいられず、またその尊さ、その稀有な存在に感動を覚えた。大貫さんのウィスパーボイスでありながらも、決して重たくなく、まろやかな朝靄のような歌声と、矢野さんの猫が喋っているかのような高音のかわいい声から、往年のシャンソン歌手のような力強い低音の唸り声のハーモニーは本当に絶妙だった。

 

 

 途中で腹筋補助器具「ワンダーコア」の話で盛り上がったり、「世間ではワイン片手にアンニュイに本を読んでいる、みたいなイメージがあるけれど、日本家屋に住んでいるし、最近は日本酒の方が好きだし、田植えもする。おまけに落ち着きがなく、常にちょこまかと動き回っている」と大貫さんのイメージが覆されたり。2人の掛け合いがとても面白く、何だか大人だけど少し天然なお姉さんの大貫さんと、自由奔放で純粋な妹の矢野さん、というような感じだった。

 

 

 アンコールで、大貫さんが作詞、矢野さんが作曲したという共作曲かつ、薬師丸ひろ子さんへの提供曲「星の王子さま」を歌い、「また共作しよう」と2人と約束した後、大きな拍手の中、大貫さんが舞台を後にする。「何も考えずに、誰かのために弾くのではなく、技術を誇示するだめでなく、ただ自由に弾く。それが私のミュージック、音楽の源」だと言って、最後にイングランドの最も古い民謡「グリーンスリーブス」を主題に、10分ほど即興された演奏は、まさに矢野顕子の音楽、矢野顕子そのものだった。

 

 

 思えばライブ中、ずっと泣いて、ずっと笑っていたような気がする。矢野顕子という大きな才能の純粋な塊に触れられただけでも大変なことなのに、おまけに大貫妙子というこれまた優れた才能を持つ女性シンガーソングライターまで味わえ、これ以上ない親孝行になった。これから少なくとも大学4年間はこちらでひとり暮らしをすることになるが、私も母も、忘れられないライブに、思い出になった。特にグッズを買うつもりはなかったのだが、アンケートを書いた後、マンガ家浦沢直樹が書いた40周年記念イラストが描かれたクリアファイルを買い、母にプレゼントした。ついていたステッカーは私がもらった。ちょうど明日は母親と私の誕生日。姉とはYUKIのライブに、父親とはサマソニに、そして母親とは今回の矢野顕子のライブ。家族とのライブでの思い出が、これで全員分集まった。きっと、何十年経っても、忘れられないライブの思い出と共に、家族のことを思い出せるのだろうと思いながら、胸をいっぱいにして、眠りに就くことにする。

 

 

セットリスト

 

01.そりゃムリだ
02.中央線
03.ISE-TAN-TAN
04.ほめられた
05.突然の贈りもの

 

大貫妙子と共に)
06.あなたを思うと
07.横顔
08.The Playground
09.虹
10.聞かせてよ、愛の言葉を
11.ひとつだけ

 

EC1.星の王子さま
EC2.(グリーンスリーブス)